第154話 聖女の活動再開②

 疑問に思ったが、顔には出さず首を傾げる。


「さすがにそのような事が出来ない事は理解しておりますから、困らせるような事はしておりませんよ」


 止められる前に話してもないですよと言えば、レアンドル様は笑みを深められた。


「もしよろしければ、こちらに望む者を招きますがいかがしましょう」


 ……どういう事だろう?


 たぶんレアンドル様は城下の民から話を聞きたい私に、直接聞ける場を用意しましょうかとおっしゃられていると思うのだが。

 何故そこまでされるのか、理由がわからない。

 恩を売りたい?というのは、違う気がする。教会は権力に阿らない。このレアンドル様はその最たる方だ。となると、純粋な善意?っていうのも何か違う気がするし。


「……いえ、あまり勝手をすると心配をかけてしまうので」


 魅力的な提案だったが、勝手をすればシャルは不安がるだろう。不安がらせてまでやりたいとは思わない。私にとっての第一はやっぱりシャルだしな。


「では王弟殿下にお話を通されてから、許可がいただければやってみるというのはどうでしょう」


 なるほど。それなら確かに……。でも何故そこまでやってくれるのだろう?

 意図を計りかねていると、レアンドル様は穏和な顔でわけを話してくださった。


「妃殿下が主導されている支援が、今の王都には必要だと思うのです。

 職も家も何もかも失った者はそれに支えられているのですよ。今王都の民が混乱せず復興に向けて邁進出来ているのはそのおかげと言っても過言ではありません。一度王都を離れた者達も希望を持って少しずつ戻ってきているのです。ですから、そのお役に立てるのでしたら教会として協力したいと考えているのです。

 それに、実は少しお願いしたい事がございまして」


 お願い?


「なんでしょう? なんでもは無理ですが、いろいろと協力してくださっているので出来る事ならお受けしたいと思います」

「簡単な事です。水道を使って洗濯をしても良いのだと伝えてほしいのです」

「せん…たく?」

「妃殿下にお願いするような事ではないと承知はしておりますし、事は洗濯だけではないのですけれども」

「いえ、あの、少しお待ちいただけますか?」


 頭の中に、もしかしてと水道の扱いについて間違った情報が流れているのではと危惧が浮かんだ。


「あの、もしや水道の水は飲食だけに使われている……とか……」

「ええ、多くの者がそうしております。

 一応官吏の方も日常生活において必要とする場面で水道を使うようにとおっしゃられていますが、具体的には特に仰られない様子で。安全な水という事で大事にするものが多く、飲食以外はこれまでの井戸水や川を利用する者が多いのです。ただ、地面を深く掘った影響か濁っていたり水量が少ない井戸もありまして。川の方も以前に比べれば綺麗にはなったと思いますがそれでもまだ糞尿が混在しているところもあるのです」


 なんてこった……


 井戸が濁ったり水の出が悪くなったりする事はあらかじめ予想されていた。調査もしていて、そうなった井戸に関しては使用を中止するように指示は出していたのだが……

 まして川はこれまでの生活から考えるとやっぱり綺麗とは言い難い。

 それにこちらでは洗濯と言えば踏んだり叩いたりが一般的の筈だ。まだ石鹸の価格は高く市井に出回るような段階ではない。汚れた水でそれだと免疫の強い人はいいかもしれないが赤子や弱っている人にはまずい。


 これは……使い方もそうだが、衛生観念的なものを広めないと……忌避感を下げようとばかり思ってたから失念していた。


 となると石鹸が欲しいとこだが……石鹸は高いからな……ならもう手作りする方法を伝えるか?あれは柔くて持ち運びには適してないし……今の高級品とされる固い石鹸とは差別化出来ると思うが……

 ちょっと作り方があやふやなんだよなぁ……灰汁を使うやつは気をつけないといけないし……昔何種類か作った記憶があるんだけど…どうだっけ……


 というか、官吏を派遣していたのにその辺の事に気づかないとかってあるのだろうか?

 貴族である官吏には言いづらい?そもそもそんな生活感が溢れるような日常の風景を官吏には見せない?

 ありうるな。

 あ、いやまて。ひょっとしてこちら側の人間の中にも水道を飲み水のみとしか捉えていない可能性もあるのでは?


 さんざん安全だからと飲んで見せたが、その水で手を洗ったりだとか衛生的な事についてはそこまで見せなかったし……


「妃殿下が言われるのならと改める者が多いと思うのです」


 それは……まぁ、私が主導していると宣伝しているし、一応民意を得ている状態らしいからそうかもしれないが………たぶん一回言ったぐらいじゃ直らない気がする……だからと言って言わないという理由にはならないが……


「……わかりました。その件についても殿下と相談させていただきます」


 何か別の手を考えないと駄目かもしれないと考えながら頷きを返す。

 下手すれば下水の最終段階、水洗トイレの普及に影響する。今は下水処理施設を安定稼働させるためにそこまでは繋げておらず、普通に汲み取り式のトイレを設置したままにしているのだ(水に流せる紙を開発途中で、これが出来ないとあっちこっちで詰まらせる可能性がある。王宮は魔法で水の圧力をかけ物理的に解決しているゴリ押し方式だ)。

 トイレに使う水がそれだと知ればトイレを使わないとかわけの分からん事になるんではという不安が……


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