第153話 聖女の活動再開①

 夏初め。気温が高くなり緑の勢いが増してくる頃、安定期に入った私は再び活動を再開する事になった。というか、主張した。そうしなければいつまでたっても許してくれなさそうだったので。


 という事で、正式発表しました。

 シャルが予想した通りお祝いが王国全土から贈られてきて、私の侍女が捌くのに常時二人手を取られるような状態だった。

 贈り主のわからない不信なものもあって私が関わる事は許されず、目録だけ渡されて相手を頭に入れる作業だけした。お礼状は王家からは出さないのだ。でも折を見て会話の中に贈られたものの話題を入れる必要があり、それがお礼状の代わりでもある。正直覚えてないといけないのでお礼状より難易度が高い。誰だよ、こんなやり方にしたの。


 と、そう思ったが贈られたものはわりあいその地方の特産品だったりしたので、個人的に情報収集にもなったし、思ったより頭に入った。やはり仕事が関わると意識が切り替わるのだろうなと自分でも思う。


 エリーゼ様の治療は実は安定期に入る前、悪阻が落ち着いてきた五か月頃から再開してもうほとんど完了している。

 ……ちょっと。その、治療について予想外の状態にまで治療してしまって、診ていた先生にとんでもない説明をさせてしまったが(知らせないというのは後で大変な事になりそうなのでその判断は正しいし、そしていつも通りの調子でさらっと説明した先生は医者の鏡だと思う)……まぁ問題なくできたと言っていいのではないだろうか。エリーゼ様、めちゃくちゃ動揺してたけど。

 あとは設けた期間を待って夏の終わりから始まる社交の終盤、秋の中頃にサイアス様に嫁がれるご予定だ。

 この告知には国内から喝さいが上がったらしい。やっぱり兄が言ったようにエリーゼ様の境遇に心を痛めていた人は多かったのだ。ずっと想い続けていたサイアス様の株もうなぎ上りらしく、貴族も平民も関係なく女性はサイアス様のような男性を憧れとして挙げるようになったのだとか。美しいタイプではないが、偉丈夫で頼もしそうな外見で一途に想われるその姿勢に陶酔する御令嬢や御婦人が後を絶たないとかなんとか。


 私もサイアス様は好ましい人物だとは思っている……が、たぶん、世間のイメージとは違ってエリーゼ様が手綱を握られるんだろうなと面会した時に思った。

 暴言を吐いた事を謝罪した私にサイアス様は豪胆に笑われて、どこの物知らずかと思ったとド直球に言われた。そしてエリーゼ様にサイアス様?と微笑みかけられ顔を固くして、いや失礼と言って焦っていた。それ以降、じっと黙って短い返答の言葉だけになったサイアス様をエリーゼ様がフォローされるという状況で……

 どことなくうちの両親に似た空気を感じてしまった。なんで侯爵家の嫡男がこんなんなんだ……と思ったのは胸に仕舞っておく。


 それから仕事でいきなり姿を消して迷惑をかけた皆さんにも謝罪して経緯を説明した。

 反応としては、やっぱりな。というのが八割だった。

 何故だろうと思っていると、いろいろある噂のほとんどが実際の私を知っていると可能性が低いと考えられたようで、残るはそこにいきついたのだそうだ。

 そう言われると、逃げたりなんだりしない奴と認められていたようで気恥しい。


 臨月が近づくとまた迷惑を掛ける事が予想されるため、その事についても謝罪すると首を横に振られた。私が足を運んで関係各所を繋いで回ったのが多少は役に立ったのか、大きな問題が起きる前に連携が取れて今のところ順調に進められているのだと。だから私の名前があるだけで無駄に足止めを食らう事もないし、下手に横槍を受ける事もないのだと言われた。

 お役に立っているのなら何よりですとほっとして現状を聞いて問題が起きていない事を確認し、今後の事を考えて私が突然不在になっても対応できる今の態勢を維持する事にした。


 しかし、実際に城下に降りて復興具合を確認出来ないのは痛い。

 上下水道は今のところ王都面積の七割程が完了しており、焼け野原になってしまっていた地区も各々新しく建物が立ち並び初め住民が戻りつつあるが……

 こちらから官吏を派遣して生活状況を確認はしているが、やっぱりこう不足がないかとか直に聞いてみたい気持ちもあるのだ。無理だとわかっているけど。


 どうにかならんものかなぁと思いながら久しぶりに教会を訪問すると、孫を迎えるお爺ちゃんのような顔でレアンドル様に迎えられた。


「ようこそ妃殿下、御懐妊との事でお慶び申し上げます」

「ありがとうございます、レアンドル様。先だっては詳しくお話しする事が出来ず誠に申し訳ありませんでした」

「いえいえ、事情もわかっておりますから大丈夫ですよ。どうぞお掛けになってください」


 ありがとうございますと礼を言って椅子に座ると、レアンドル様も向かいに座られた。


 私は部屋の入口付近で壁と同化している兄とレティーナをちらっと見た。

 以前ならばレティーナか兄のどちらかが居れば良かったのだが、今は二人が揃っていなければこうして教会に来ることも出来なくなったのだ。しかも、常に傍にいてもらわないと駄目だという。

 レアンドル様が護衛の方を付けられていないのに、こちらは二人。しかも片方がこの国の騎士の中の最高位。どう考えても過剰な気がしてならないし、レアンドル様を疑っているように見られてもおかしくない対応だ。


「お気になさいますな」

「その……申し訳ありません」


 どう言い訳する事も出来ず目を伏せて謝罪すると、レアンドル様は微笑ましいものを見るように表情を和らげて首を横に振られた。


「妃殿下が心配でしょうがないのでしょう。お二人が仲睦まじい事は良い事ですよ」

「……恐れ入ります」


 表情を保って淑女然とした微笑みで返すが普通に恥ずかしいぞこれは。


「私も多少心得がありますし、そこまで心配せずともと思うのですが……」

「そういえば城下へと視察に行くことも止められているようですね」


 ん?……どこでそれを。行きたいとこぼした事はない筈だが。

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