第150話 聖女は悪阻に悩まされる

 私の妊娠についての公表はもう少し先になった。

 と言っても、いきなり姿を見せなくなれば憶測はされるし食事が変更されたのが知れたらすぐにわかってしまう。

 それでも公表してしまうとお祝いと称していろいろ送りつけられてくるので、安定するまでは公表しないと頑としてシャルが譲らずそうなった。


 ラシェル様や陛下は苦笑いだったらしい。

 直に春となり、社交の季節になるので私が姿を表さないと余計な詮索を受ける。それよりは公表した方がいいのでは?とも提案していただいたらしいのだが、それでも体調不良で通すと言って聞かなかったようだ。


 なのでこちらも教会で行っていた治療のスケジュールが今後未定になった事について、体調不良としか伝えられず非常に苦慮した。

 既に予定していた方の治療を行うのは兄の同伴付きで許可してもらえたので、そこだけは安心したが、心配するレアンドル様に大丈夫ですからとしか返せないのが申し訳なかった。


 治療といえばエリーゼ様はあの日からそのまま王宮に留まられて(移動にも体力を消耗するので)、先生と兄、シャルに協力してもらって重要な臓器を優先して治療を開始した。


 一度加護を使った後は私の方もエリーゼ様の方も問題ないか数日あけたので、少々時間がかかり、その間に私の悪阻がどんどん酷くなって危なかった。生命維持が問題ないところまで治療できたが、それ以上は兄からストップがかかったのだ。

 私の体調がどうのではなく悪阻で集中力に掛けた状態でやるな、という事だ。


 危険な事は出来ないので大人しく言う事は聞いたが、正直一日中吐き気との格闘を強いられるようになって確かに無理だと思った。

 朝のおはようから夜のおやすみなさいまで、そして眠った後も日々あなたの傍に寄り添います。

 と言った宣伝文句が作れそうなぐらい、二十四時間吐き気と戦っているのだ。

 寝ていても深く眠れず、浅くうとうとしながらやってくる吐き気に邪魔されて、もう精神力をごりごりと削られている。水を飲んでも吐くから砕いた氷を舐めて水分補給するしかなく、ご飯など論外。果物も用意してくれたのだが、食指が動かず柑橘系も食べられる気がしなかった。


 ドロシーさんの方はそこまでではないらしくて、水は飲めて柑橘系の果物だけは食べれるらしい。良かった。こんなのなければない方がいい。


 それまでずっとシャルと一緒に寝ていたが、いくらなんでも横で吐いていたら休まらないだろうと別室にした。心配だと嫌がられたが拒否。寝て貰わないと困る。身体を壊す。こっちは夜も必ず誰か一人ついていてくれるので心配は無用なのだ。前世の妹に比べたら相当手厚い。


 それから気を揉んだ周り(正確には何も食べれずにいる私にシャルの方が不安がって落ち着かず)に何か食べられそうなものはないかと聞かれて、思い浮かんだのはポテトフライ。何故あんな油っこいものがと思ったが、思い浮かんだのだ。

 どういうものか伝えると作ってくれて、実際食べれた。不思議な事に飲み込めたのだ。普通においしく食べれて、で、少しして吐いた。やっぱりだめだったかあと作ってくれたのに申し訳なくてしくしく泣いて謝って周りに慰められて、それにまた情けなくなって泣いて……ものすごく面倒な妊婦になってしまった。

 自分でもわかっているのに止められなくて、そういえば更年期の時も感情の起伏がコントロールできる感じじゃなかったよなぁと思い出した。


 しくしくが落ち着いてから他に食べれそうなものはとまた聞かれて、思い浮かぶのはやっぱりポテトフライで、さすがに二度目はないと頭の中を探し回って出てきたのは紅生姜。

 もちろんこの世界に紅生姜なんてものは無い。薬味で使う野菜を酢漬けにした感じのものと曖昧な情報を出してしまい料理人を悩ませてしまった。

 結果生姜では無いが、辛味大根みたいな味わいの酢漬けが持ってこられ、これはこれで食べられた。しかも、吐かない。奇跡だと思った。神棚に辛味大根とこれを作った料理人を祀りたいぐらい嬉しかった。

 泣きながら酢漬けをしゃりしゃり食べる私に周りももらい泣きするという、傍から見るともう酷い空間が出来上がったがしょうがない。それぐらいきつかったのだ。


 眠気の方は変わらずで日中もうつらうつらする中、報告書に目を通そうとするがまぁ滑る滑る。誰だ。報告ぐらいなら読めるとか言った奴。私か。

 もう文字なんて見る余裕がなくて、それでも無理だと投げる事もしたくなくて。

 ネラーやクリスさんに読み上げてもらって、桶を抱えたまま必死に聞いて、気になったところは口頭で言って書き留めてもらいそれを渡してもらった。


 シャルはシャルで自分の加護で悪阻を軽減出来ないかと兄に相談していたようだが、たぶん加護が子供に与える影響は問題ないと思うがやる必要はないと言われたらしい。

 毎日朝と夜に顔を見に来るシャルに、大丈夫、そのうちおさまるからと桶構えてえづきながら言えば、その日が早く来てくれるといいなと呟かれた。


 敢えて言わなかったが悪阻が妊娠後期、それこそ産むまで続く人もいる。

 私はどのタイプだろうかと内心恐れながら、平気平気と軽く言っておいた。

 そしてシャルが居なくなってから盛大に不安がって周りに励まされるというのを繰り返している。面倒くさい妊婦で誠に申し訳ない。

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