第147話 聖女と王妹の顔合わせ③
その時、部屋の扉を叩く音がして外からシャルの声が聞こえた。
「姉上、申し訳ありませんが少し離れます。サイアス殿が来たようで」
「サイアス様が?」
驚いたように目を開くエリーゼ様に、その表情のなかに一瞬見えたものに私は一縷の望みをかけた。
「シャル!」
大きな声を出せば、すぐに扉が開いた。
「どうし…どうした!?」
ソファの上の私を見るなり慌てたように駆け寄ってくれるシャルに、手を伸ばす。
「サイアス様、にっ、会わせて、ください!」
伸ばした手を掴んでくれようとするその手を避けて、襟首引っ掴んで引き寄せ要求。
状況がわからなかったからだろう。シャルは面食らった顔で私とエリーゼ様を見比べた。エリーゼ様は私の突然の行動に驚かれているようだが、マナーがどうだろうとここを逃してはならないとこっちは必死だ。普通にお願いしても、面識もない相手にこんな状態で会わせてもらえる筈がないから。
「話されたのですか?」
部屋の入り口から控えめにそう声をかけられたのはアイリアル侯爵様で、エリーゼ様は曖昧に微笑まれた。
「話す? 何をだ?」
「リシャール、気にする必要はありません」
「しかし」
「シャル、サイアス様に会わせてくだっぉえ」
「リーン!?」
「妃殿下は具合が良くないようですな。
愚息の事はお任せください。碌でもない要件でしょうから殿下の手を煩わすまでもありません」
「ちょっと待ってくれ侯爵。リーン、大丈夫か?」
「会わせ、て、ください……っじゃないと、一生引きずっ……ります」
「そんなことより診てもらわないと」
「これは! っうぇ…ある意味、普通なの…でっ…それより、会わせて」
上下する吐き気の波にやられつつも、それでも襟首を離すものかと握りしめて頼む。
エリーゼ様は困ったように小さく息を吐き、私に話しますよと言ってからシャルに向き直られた。止めようにもタイミング悪くえずいて止められない。
「リーンスノーさんのお腹には子が宿っています。
これ以上心を乱すのは良くありません。部屋に戻してあげてください」
シャルは子?と呟いて、理解した瞬間だろう大きく目を見開きこちらを見た。
スーっと頭の裏から背筋に向かって冷たさが広がり、口元が痺れるような感覚がきた。が、これは嘔吐時の反応なので大丈夫。まだいける。
「本当なのか……?」
「たぶん…けど、それよ…っり、今は会わせて」
「何故サイアス殿にこだわるんだ」
「ぅ…お願い…だから」
弱ったような顔をするシャルに、絶対引かないからな!と目に力を籠める。諫めるエリーゼ様の声だとか困ったようなアイリアル侯爵様の声だとか聞こえない。
「取り込み中失礼します」
半開きになった扉をノックする音と声に各々の視線がそちらにずれた。
つられて気になって向けると兄がいた。兄がいたんだが……なんか違う。斜に構えた顔というか、恰好付けている顔というか、いつものやる気の無い顔がどんなんだっけ?となるような貴族然とした顔だった。しかも声まで違って、低く落ち着いている。
「予定にない方が来られたと聞いてもしやと参りましたが……」
「ドミニク? お前今はジナイア領に出ている筈では」
「そちらは終わりました。部下から連絡を受けて一足先に戻った次第です」
兄は淡々と答えると、頭を下げた。
「申し訳ありません。妃殿下に王妹殿下の事を話したのは私です。
お咎めはいかようにも受けますので、妃殿下の望みを叶えてはもらえないでしょうか。
おそらく、そうしなければいつまでも根にもたれるかと」
前半は口調までも丁寧で貴族然としていたのに、最後に兄らしい言葉が混ざった。
「そう…です、根に持ちます。一生」
絶対根に持つからな。と訴えたらシャルはため息をついた。
「姉上、サイアス殿をここに呼びますが構いませんか?」
エリーゼ様とアイリアル侯爵様は視線を交わし、諦めたように肩を落とされた。
とりあえずサイアス様が来られる前に何がどうしてこうなったのかという話をする事になり、エリーゼ様が仕方がないという顔で渋々説明してくださった。
シャルはエリーゼ様が長くないと聞いて言葉を失い、呆然としていた。
そうだよな……そうなるよな……
辺境伯領に居た頃から、シャルはお兄さんもお姉さんも心配している風だった。会った事が無い相手なのに、それでも家族の存在を大切にしているのが伝わってきたのだ。シャルにとって家族というのは特別な存在なのだと思う。それが、もう長くないと聞いて平然としていられるかといったら……
私は邪魔をしないよう声を殺していた。ちなみに兄は私を見るなり取り澄ました顔ながら微かに目を開いて溜息をついていた。それから毛布をもってきてくれて掛けてくれたので、言わずともわかったのだろう。
そうしてサイアス様が来られ、起き上がろうとしたが今更だとシャルに止められてしまった……
ソファに寝っ転がったままの私に、その前に立つシャル。向かいに位置していたアイリアル侯爵様とエリーゼ様はそこから退かれ斜め向かいに立たれ、兄は入り口付近で従者のように気配を消して出迎えた。
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