第145話 聖女と王妹の顔合わせ①

 シャルは仕事に戻り(クリスさんが私の状態を知らせて抜けてきたらしい。邪魔をしてしまって本当に申し訳なかった)、クリスさんに手伝ってもらって服装を整える。ビスチェなのでコルセットよりは格段に楽なのだが、その上に着るものは繊細な装飾が施されたお高そうなものなので未だに緊張する。ほんと、仕事をしている時に許された簡易ドレスでずっと過ごしたい。だけどエリーゼ姫やアイリアル侯爵様にお会いするには礼を欠いてしまうので頑張るしかない。


「顔色が良くなられたようで安心いたしました」


 化粧を直してくれているクリスさんがそう呟くように言うので、そんなに顔に出ていたのかと反省。

 最初の頃に比べれば自分の顔に慣れては来たのだが、どうにも見ない振りをしようとする癖が出来てしまってあまり自分の顔を見ていないのだ。だから気づかなかったのだろう。今度からはちゃんと確認しようと心に決めた。

 

 髪もハーフアップにして桜のつまみ細工の飾りをつけ支度が整う。

 と、シャルが丁度迎えに来てくれて、一緒に応接として使っている部屋の一つに向かった。


 部屋に入れば既に来られていたアイリアル侯爵様が立ち上がり会釈をされ、横に座られていた線の細い、光るような金髪の女性がゆっくりと立ち上がった。


 陛下と似た柔らかな顔立ちのこの女性がエリーゼ様だろう。

 首元まで覆われた藍色のドレス姿で、どこもかしこも少し心配になるぐらい華奢だったがとても美しい人だ。そして母とは違って人をほっとさせるような不思議な空気がある。いや、別に母が人を威圧していると言っているわけではない。ただエリーゼ様がすごくこう、包み込むような空気を纏われているというだけで。


「手紙では何度かやりとりしましたが……こうしてお会いするのは初めてですね。リシャールです」

「初めまして、というのも妙なものですね。貴方の姉のエリーゼです。それと、貴方の可愛い方を紹介してくださるかしら」

「……妃のリーンスノーです」


 若干の照れのようなものをシャルから感じたが、エリーゼ様にカーテシーを。


「初めまして。リーンスノー・エモニエでございます。お会いできる日を楽しみにしておりました」

「初めまして。エリーゼです。今はただのエリーゼですから、どうぞエリーゼと呼んでください」


 ふわっと木漏れ日のような暖かな笑みを浮かべるエリーゼ様。


 ……サイアス様がずっとこの方を想い続けていたのが理解出来た。出会って間もないというのに、この方の傍に居てみたいと思わされるのだ。


「座ってお話をしましょうか。義妹になるのですから、肩の力を抜いてくださいね」


 難しいかしら、と小首を傾げて仰るエリーゼ様にありがとうございますと返すのがやっとだ。眩しいってこういうのを言うのだな……


 促されてそれぞれ座ると侍女によってお茶が出され、エリーゼ様の希望で部屋には四人だけとなった。


「サイアス殿はどうしたのだ?」


 シャルの言葉にエリーゼ様は曖昧な笑みを浮かべられ、アイリアル侯爵様は渋い顔になってしまった。

 何かあったのだろうか?

 前回はサイアス様も一緒にというような話だったと思うのだが。


「愚息は少々頭を冷やさせております」

「……何があったのだ?」


 アイリアル侯爵はエリーゼ様を伺い、エリーゼ様は微笑みを浮かべたまま答えられた。


「私が精霊教会に入ることを伝えたのです。先程陛下にも許しを頂きました」


 シャルが固まったのがわかった。

 エリーゼ様の言葉は、身分を捨て世俗から離れるという宣言になる。教会に入ったとしても結婚などは出来るが、だがこのタイミングでやるとなると、それはサイアス様を拒否なさったという事が推察される。


「……何故とお聞きしても?」

「そうする事が一番だと思ったからです」


 シャルは問うが、答えになっていなかった。


 嫌な予想が浮かんで、どうするべきかと迷う。もっとこう、近況報告的な世間話とか、昔話でも挟んでくれてたら何となく流れで内緒話に持っていけないか……とか考えていたが、いきなり待ったなしの状況になった気がする。

 王族同士の会話に新参者がいきなり口を挟む事も出来ないが……かと言ってこのままだと真意とか探る間も無く終わってしまいそうな……


 なんか、やばい……焦ったらちょっと気持ち悪くなってきた……昼ごはん、チーズ系で重かったからな……


「リーンスノーさん?」


 視線を集めていたエリーゼ様の薄い水色の目がこちらを向いた。


「はい」

「大丈……あら? 貴女、もしかして」


 曖昧な笑みを引っ込めて、目を丸くしているエリーゼ様。

 気合いで微笑みを保っているが、消化したはずの昼ごはんが暴れている気がする。どんどん気持ち悪くなってきた。吐いたらどうしよ。さすがにまずいよな。失礼しますって言って出て行くしかないけど……


 唐突にエリーゼ様は立ち上がると、優雅にこちらへと回られてそっと私の耳元で囁かれた。


「まだ誰にも話していないのですか?」


 ……何をでしょう?


 問いに問いを返しては失礼になる。だけど他に言いようがなくて「あの?」と首を傾げざるを得なかった。


「侯爵、リシャールも、少し二人だけにしてくださいませんか?」


 エリーゼ様の言葉に二人とも困惑した顔を浮かべていた。そりゃそうだろう、一番面識も関係もない私と二人きりというのがおかしい。


「姉上?」

「心配せずとも意地悪などしません」

「いえ……そうは申しておりませんが……」

「さあ侯爵も、最後の我儘と思って聞き届けてくださいますか?」


 少し茶目っけを含んだ微笑みを浮かべてお願いをされるエリーゼ様。アイリアル侯爵様は仕方がないとばかりに首を振った。


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