第144話 聖女は早々に焦りがバレる③

「簡単に言うと自信が無いんですよ。多くの人から慕われて頼りにされて、名実ともにこのレリレウスの王となるあなたの横に立てる自信が……」


 今まで騎士団に居たのが嘘じゃないかってぐらいシャルは官吏から実務能力に関して高い評価を得ている。少なくとも一緒に仕事をしている人たちからは七割方好印象だし、残りの二割もまだわからないと静観しているのと、一割はミルネスト側に居た方々だが職を失わなかったという類の人だ。

 領地持ちの貴族達の反応まではまだ社交が始まっていないのではっきりわからないが、貴族院に所属している方の関係者からは王となる事に反対する者はいないと聞いている。

 対して私はどうだろう。前世で仕事をしてきた経験はあるが、こちらのやり方で働いていたのはわずか数ヶ月。責任者なんてなったこともないので、こちらの管理者の流儀が把握しきれず、関係各所をあっちこっち出向いて調整したり話を聞いて意見をすり合わせたり……頭のいい人にはさぞや泥臭い事をしていると思われているだろう。

 頭が良ければもう少しやりようはあるかもしれないが……だからせめて発想で補えないかと……


「聖女だなんだと言ってくれていますけど、でもそれって偶々な産物ですし。それを取り除いてしまうと何の役にも立たないなぁと……だから、こう少しでも役に立つことをアピールしたかった……のだと思います。最初は無意識でしたけど、途中から自覚しました。それはそれでやる気に繋がるから……うまく制御していると思っていたんですけど……加護まで使わせてしまって……すみません」


 黙って聞いてくれていたシャルは、溜息をついた。

 その溜息がどんな意味を持つのかわからず、否定的なものだったらと怖くなる。目の前のシャツを握りたくなるけど、手を握り込んで耐える。


 じっと審判を待つ心地でいたら、背中をゆっくりと撫でられた。


「あのな……私が今ここに生きていられるのはリーンのおかげだし、主権をミルネストから奪えたのも、今レリレウスが近隣から攻撃を受けず静観されているのもかなりの部分でリーンのおかげなんだ。リーンは知らないだろうが裏でいろいろと動いているものがある」

「裏?」


 って、何?


「今はまだ言えないが、それがあるから私は王になる覚悟を決めたようなものなんだ」


 覚悟って……あんまり王になる気が無かったって事?

 なんとなくそんな気はしてたけど……でも覚悟を決めたのは、裏?があるから?


「でないとリーンを捕まえていられないからな」


 捕まえられないって……別に逃げるつもりはないのだが……


「いつ何時横槍が入るかもわからないし」


 横槍……って、権力を得ようとしている貴族家の方々から? そんな小娘よりもうちの娘どうですかとか。

 いやむしろそれだったら王にならない方が言われないと思うのだが……


「だが、もしリーンが辛いというのなら、私は王にならない」


 お……おいいいい?!!

 それは駄目でしょ!!?


 衝撃的な言葉に思わずガバッと身を離して顔を見上げた。ら、目が本気で余計に焦る。


「無いです! 辛くないです! 全然! 

 何言ってんですか! 今ここでそんな事になったらレリレウスは混乱に突き落とされますよ!? せっかく安定してきたっていうのに、全部水の泡ですよ!?」


 慌てふためく私にシャルは冷静な顔で頷いた。


「確かに民の事を考えればそうかもしれないし個人的に都合も良くはないが、どちらが優先かと言われると当然の帰結だな」

「なにをさらっと言ってるんですか! 全然当然じゃないですから! 為政者としてあるまじき発言ですよ!? そんな事絶対外で言わないでくださいね!? 資質を疑われますよ!」

「そうだな。実際、私は為政者としてはあまり素質が無いと思う。素質ならおそらくドミニクの方が上だ」

「んなわけないでしょ!!? ありますから! ちゃんとありますから! トチ狂った事言わないでください!!」

「そうか。リーンが言ってくれるならそうなんだろうな」

「私が言わなくたってそうですよ!」

「でも自信は無いな。無いからずっとそう言ってくれるか?」

「言うぐらいいつでも言いますから!」

「じゃあリーンの仕事はそれだな」

「は? 仕事?」

「私に自信を持たせる事。誰が何と言おうと、私にはそれが必要だし、それはリーンにしか出来ない」

「………」

「とやかく言う者はただ知らないだけだ。リーンの価値をな。

 私はそれを知っているし、ディートハルトも知っている。アイリアル侯爵も兄上もご存知だ。だから反対しない。むしろ推している。

 それにそんな価値がなくとも、リーンが今までしてきた事を見ている者はちゃんといる。リーンが言うように役に立たないなどと焦る事はないんだ。

 うまく説明できなくてすまないが、本当に不安に思う事も引け目を感じる事もない。私の言葉では足りない……だろうか?」


 言い聞かせるように力強い口調で話していたのに、最後の最後で自信が無さそうな顔になるシャル。


 ………っ…この人は……


 だから勿体ないと思うのだよ。本当に。

 口下手な日本の男性諸君に見習わせたいぐらい、言葉にしてくれる。慮ってくれる。


 くそぅ……びびって涙が止まったのに、今度は本当に泣きそうになっちまうじゃないか!


「……参りました。これで頷かなかったら罰が当たります」

「じゃあ仕事を減らしてくれるか?」

「……今やっている事はある程度落ち着いてきましたから、次のをもう少し時期を見てからにして、急ぎは他の方にお願いします」

「………リーン」

「それで結果的に減りますから。今引き継ぐのも中途半端なんですよ。本当に後少しですから」

「………わかった」


 しょうがないと言うように最後には頷いてくれたシャルに感謝する。

 この男性社会でここまでやりたいようにやらせてくれる人も居ないだろう。

 

「姉上がそろそろ来るが、どうする? またの機会にするか?」

「そんな失礼な事出来ませんよ!」

「わかった。ならその後で先生に診てもらおう」

「そこまでは必要ないかと思いますけど……」

「ドミニクを呼ぼうか?」

「受けます」


 即行で翻した私にくくっとシャルは笑った。


「リーンはドミニクに弱いよな」

「兄は人の言う事聞かないしズケズケ言ってくるから遠慮したいんですよ」


 というか、こんな理由で呼んだら絶対ゲンコツ食らう。ドロシーさんに会えないぐらい忙しくしてるらしいのに、呼びつけるなと。


「それも気を許した相手だけだと思うがな」

「ぇえ……嬉しくないですよ」


 嫌がる私にシャルは微妙な顔になった。


「リーンはあいつの仮面を知らないからなぁ」

「演技が上手いのは知ってますよ? 侍女に化けてた時、すごく上手に擬態してましたから」

「それはそれで怖いが、そういう方向とはちょっと違うというか……まぁ春になれば見る機会もあるか」


 シャルに手を取られてベッドから立ち上がる。たぶんクリスさんが着替えさせてくれたのだろう。下着はそのままだが上はゆったりした夜着だった。何気にクリスさん、三日で重力魔法を習得するという離れ業を披露してくれたのだ。これにはドロシーさんも私も目が点になった。レンジェルに隠れてわからなかっただけで、十分クリスさんも規格外である。

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