第143話 聖女は早々に焦りがバレる②

「……ーン……リーン」


 沈んでいた意識が声に引かれて浮かび上がる。

 ぼやけていた焦点が合い、傍にシャルが居るのがわかった。


「……シャル……あれ?」


 椅子に座って書類を確認していた筈が、いつの間にかベッドに……


「休憩を挟んだところでそのまま眠ってしまったらしい」


 身体を起こすと、目の奥にあった鈍痛が消えて頭がいくらかハッキリしていた。


「許可を出したのは私だが……少し仕事を減らせないか」


 心配そうにこちらを見るシャルに、すみませんと苦笑する。


「減らせるものがあればそうしますが……今はちょっと立て込んでいるだけなので大丈夫ですよ。もう少しすれば落ち着きますから」


 シャルは何か言いたそうな顔をしていたが、大丈夫だと頷くと弱ったような顔をして息を吐き、ベッドに腰かけると私の手に手を重ねた。

 加護を使われたのか、身体に淀んでいたような疲れが少し軽くなる。


「最近疲れやすくなっている」


 その言葉に目を見張る。

 そう言うという事は、もしかして気づかないうちに加護を使われていた?


 シャルは私の手を握ると、目を閉じて祈るように額に当てた。


「リーンが倒れたらと思うと不安になる。頼むからやり過ぎないでくれ」


 懇願に近い表情に、そんな事を言わせている事に申し訳なさが胸に広がる。


「……すみません。でも、本当にあと少しで減ると思いますから」


 シャルは目を開けると、私の目を黙って見てきた。


「嘘だな。次にやる事を考えているだろ」


 ……鋭い。


「何を焦っているんだ?」

「焦る? 焦る事は特にありませんが……」

「じゃあ何がしたいんだ?」

「ええと……やりたい事はいろいろありますが……」


 この王都の上下水道が上手く行けば、主要都市に順次それを広げたいとか。

 学校の建設費用を賄うために事業を立ち上げたいとか。教師は確保出来たけど箱が無いとどうにもならないので。あとは、食料品とかでもうちょっと名物というか名産になりそうなものを作ってみたいとか。素の農産物だけじゃなくて加工品にすれば稼げる金額も増えるんじゃないかとか。

 あれこれ考えているとシャルは首を横に振った。


「違う。いろいろやっているのはどうしてだと聞いているんだ。リーンがこの国を良くしようと思ってくれているのはわかるが、それ以外にも何かあるだろう? 何に急き立てられているんだ?」


 核心をついてくる言葉に黙ってしまった。


 正直……うわぁ。と、思った。そんなところまでバレるのか、と。

 

 しかしそれはさすがにシャルに言えない。

 あなたの隣に立つことを認められたいからだとは。どんな顔をして言えばいいのか……


 お馴染みの野次馬がふよふよと現れるのを片目に、どう言ったものかと悩む。


「……私のためか?」

「…いや……その」


 口を開くが……言葉が見つからない。シャルのためというよりこれは自己満足の類だ。


「……ありがたいが………無理をしてしまうという事なら、悪いが止めなければならない」

「っ、待ってください! 大丈夫ですから!」


 本気の顔に思わず声が大きくなる。だけどシャルの表情は厳しいままだった。


「ここの所気絶するように寝ている事に気づいているのか?

 それに眠っても疲労がとれていない事には? 食事の量も減っている事は?」

「それは……」


 矢継ぎ早に問われて言葉に詰まる。

 薄っすらそうかもしれないとは思ってたけど、前世で鬼のような残業を経験した身としてはまだまだいけるな、と考えていたり……言えないけど……


「何度か『整え』ているが、私にはそれしか出来ない。それ以上の事が出来ないんだ。疲労は『癒す』でも治せない。病もだ。身体を壊すと分かっていてみすみす放置している事など出来ない」

「待って、待ってください。ちゃんとしますから――」

「リーン」


 言葉を遮られ、頬を撫でられて気づく。


 濡れていた。


 泣くつもりなんてなかったし、涙が出るようなそんな予兆も無かった。

 本当に自分でも驚いているのに、蛇口が壊れたようにただ涙だけが出続けていた。


「あの、これは……ええと、ちょっと待ってください」


 なんとか止めようとするのだが、そもそも何で出ているのかもわかっていないので止め方がわからない。おたおたしていたらシャルの匂いに包まれた。


「思っている事があったら言ってくれ。無理に暴きたくない」


 え。……あの、それ、レティーナに読ませるって事ですか?


 言い方は優しいが内容が容赦ない。

 ボロボロ涙を出してシャルのシャツを濡らしながら妙に冷静になった。頭の冷静さと身体の反応が乖離していて変な感じだが、反則とも言えるそれを出されて腹が決まった。


 レティーナにまでこんな気持ちがバレるのなら、言った方がましだ。

 幸い抱き込まれていて顔を見られないのでさっきより言いやすい体勢ではある。……随分と私も慣れたものだ。まぁまだ少し心臓は反応してしまうが。


「えー……とても情けない事を言いますが、よろしいですか?」

「構わない」


 淀みない返答に小さく笑う。


 ほんと、敵わないなぁ……


 シャルの前だと精神年齢なんて関係なくなってしまう。

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