第142話 聖女は早々に焦りがバレる①
あれから目まぐるしく日々が過ぎていき、今日は少々緊張するイベントが待っている。午後にアイリアル侯爵家のご当主様とエリーゼ姫がこちらに来られるのだ。
前回の顔合わせ同様公式の訪問ではなくプライベートでの訪問なので、固くならなくてもいいとシャルに言われているが……それでもやっぱり緊張してしまう。シャルのお姉さんなわけだし、正真正銘の王女様だし、それ以上にお身体の事が気になって。話せる機会があるだろうか……出来ればそうしたいが、二人きりに持って行ける自信が無い。
「リーンスノー様、少し休憩をされてはいかがですか?」
そう言ってクリスさんがお茶を出してくれた。
たぶん午前中もバタバタして忙しかったから気遣ってくれたのだろう。
というのもとうとう上下水道の計画が通って、各担当者に指示を出して一週間後に着工出来るように手筈を整えたところなのだ。
ミュラさんが優秀過ぎてもう私はお飾りに近い状態だったりするが、辺境伯領から来てくれたグライバルさん達技術者の方々から妙な信頼をいただいており、小娘がなんで指揮を?と馬鹿にされる事なく済んでいる。
それに実務的なところは戦力にならなくても、表向き上下水道という未知の物に対する抵抗感を下げる事には役立っているので役割分担だとミュラさんには言われた。シャルを説得して城下に降りて水芸をやりまくった甲斐があるというものだ。デモンストレーションで水を飲んでお腹タプタプで王宮に戻った事も何度もあった。
予定より着工に時間が掛かってしまったが、その分混乱なく工事を受け入れてもらえると思う。
そして今テーブルに広げている資料は王都の外に作った仮住居の設置に関係するもので、ほぼほぼ希望者の収容が出来たことを報告するものだ。
こちらはこちらで、思いのほかすんなりと仮住居を受け入れて貰え、少ないながら回した賃金で経済の流れが出来ている。
たぶん、受け入れられたのは兄の存在もあったからだろうと思う。驚くなかれ、あの兄、王都で相当な知名度と人気を誇っていたのだ。なんで?と思ったのだが、どうやら団長決定戦を娯楽として民衆に見せた結果、魅せられたらしい。男性はその強さに。女性はその容姿に。
……黙ってればそうだよねぇと思うが。現実はちょっと前まで放蕩してた人なのだ。
そんな事彼らは知りようもないので、兄が獣避けの外壁を一気に出現させた時にはそりゃもうお祭り騒ぎ。レンジェルもいたのに完全に兄の独壇場だった。あの人舞台俳優の素質がある。見せ方を心得てる。
それから建設が進み人が住み始めてから兄に様子を教えてもらうと、祖父が手を回したらしい行商が相当頑張った商売をしてくれていたり、辺境伯領からと思われる行商がそこで作られた珍しい工芸品を買い取ってくれたりと手助けがあった事も知った。辺境伯様、時々やってきてシャルを揶揄って帰るので仕事してるのかなとか思ってたけどちゃんとやってました。相変わらず掴みづらい人である。全く……。
工芸品に関しては真似のし易いつまみ細工の簪などをご婦人方が作ったり、木工専門の職人を貴族が囲い込んで資金援助し秘密箱を仕掛け箱という名前で売り出し始めたものだ。寄木細工の部分までは作れていないが、仕掛けまでは際限出来たらしい。
そうして彼らが働く時間、約束通り教会から派遣された方が子供たちを見てくれている。
全てがうまくいっているわけではないが、とりあえず今年の冬を凌ぎきれた様子に少しだけ肩の荷が降りた心地だ。
「ありがとう。ドロシーの様子はどうですか?」
今ここに居ないドロシーさんの様子を聞く。
実は彼女、二週間程前から悪阻の症状が出ているのだ。すぐに先生に診てもらったところ、その時点で大体十週頃。
逆算すると兄が宣言していた休みの日あたりという事に……
やったなあの兄。と思いはすれど、そりゃまぁ普通の流れだしお目出度い事なのでみんなで祝福したら顔を真っ赤にしていた。彼女が照れる姿は何度見ても可愛くて胸が暖かくなって幸せな気持ちになる。何でもない振りをして失敗しているところとか特に良くて、淑女教育を忘れてにんまりしてしまった。
それにしてもあの目がいい兄が気づかないとは珍しいと思っていたら、ここ一ヶ月ほどすれ違い生活だったらしい。手紙でやりとりはしていたようだが、なるほどなぁと納得。
ちなみに妊娠が発覚した場合、普通は侍女の任を解いて家に戻る。
ドロシーさんの場合それはジェンス家という事になる。そうなるとあのお世辞にも立派とは言えない家で、かなり節制した生活をする事になる。父や母は喜ぶかもしれないが、個人的にあそこの生活を妊婦にさせるのはちょっとな……と、躊躇ってしまったのだ。
そこで兄とシャルに相談してアデリーナさんに協力してもらい王宮にそのまま住んで貰う事にした。母には私から連絡を入れた。私のわがままでこのまま王宮に居てもらうという事で。手紙の端々から見透かされているのが伝わってきたが、結局母は呆れながらも了承してくれたのでほっとした。
ドロシーさんの方は恐れ多いと辞退していたが、兄が説得すると言った翌日にはお世話になりますと頭を下げたので、笑いを堪えるのが大変だった。完全に兄にしてやられてるのだなと。仲が良いようで何よりです。
ただし、さすがに侍女のままというわけには出来なかったので、私の話し相手兼侍女指導係という事にして部屋を用意し、学園の卒業と合わせて私の侍女に志願してくれた後輩の面倒を見てもらいつつネラーやクリスさんに無理をしないよう監視してもらっている。
「今日は調子が宜しいようでしたよ」
「疲れやすかったりする筈ですから、そういう時程気をつけてもらっていいですか?」
クリスさんは心得ておりますと言う風ににっこりと微笑んで頭を下げた。
クリスさんも学園で出会った頃は出来過ぎる
そもそもクリスさんはドロシーさんと同じ伯爵令嬢でしっかりとした教育を受けている御令嬢なので、なんちゃって令嬢の私などよりもその辺はしっかりしているのだ。
それでも僅か一ヶ月の間にアデリーナさんに認められて正式に私付きになったのは優秀だし、コツコツと努力をする本人の気質が影響しているのだろう。
書類を纏めて確認済みの箱に入れ、次の書類、祖父にお願いした産業系の報告書に目をやる。こちらは全部で九つの貴族家とニ十一の商会が関わる事になった。どこが何を担当する事になったのかと、王都の職人の何割がそれに関わるのか記されている。それからたぶん、どのぐらいで商品化できるのかの目安も書かれているだろう。それを元にして王都側でも働き口が足りているか判断し、追加の支援を考える予定だ。
「リーンスノー様、一口で良いので飲んでいただけますか」
クリスさんがいつにも増して休憩をと促すので、苦笑して一旦書類から手を離し、出されたお茶を口にする。最近は疲れからか胃もたれたする事が多いのでローズヒップを良く飲んでいるのだが、今日も喉を通すとすっと楽になるような気がしてふぅと息をつく。そのまま背もたれに身体を預けると欠伸が出た。
いかんいかん。自分の部屋だからと気が抜けている。
手で口元を隠して欠伸をかみ殺し、目の奥が痛むのを感じて少し目を閉じる。
それだけですぅっと意識が後ろに引っ張られて落ちていた。
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