第139話 聖女は仕事を任される⑦

 祖父がやってきたのは数日後だった。

 母が私の様子を心配してという名目で従者に扮して来てくれるそうだ。


 予定を空けてシャルと一緒に私側の居室で出迎えると、シルバーが入った栗色の髪を撫でつけた、家令っぽい恰好をした祖父が現れてちょっと笑ってしまう。

 いつもは旅装でふらっとやって来ては珍しいお菓子をくれる人なので、こんな畏まった姿を見るのは初めてだ。

 公の場ではないが、きちんと立場を明確にした挨拶をする母。その背後に控える形でこちらを見る祖父の目は母と同じ緑。母の目はこの祖父から譲り受けたものだ。銀髪は祖母。祖母の目は薄紅でそれこそ桜色といった綺麗な色をしている。

 

 一通り定型通りの挨拶を交わし、ここからはプライベートという事でとシャルが前置きして祖父に話しかけた。


「ファクサス商会の会頭である貴方にお願いがあって来ていただいたのだ」

「市井の一商人にいずれこの国を背負って立つ御方がどのような御用でございましょう」


 兄とそう変わらないざっくばらんな口調しか知らないので、違和感が……見た目が役所とかに勤めていそうな感じの人だから合っていると言えば合っているが、やはり豪快な中身を知っていると笑ってしまいそうになる。


「まずは見て欲しいものがある」


 そう言って立ち上がり、奥の部屋へと移動しようとするシャルにさすがに困惑した気配を滲ませる母と祖父。

 まぁいくらなんでも寝室に案内されるとは思わないよな。でもあれらを移動させるのも大変だし、ここだと人目につく可能性もゼロではないので仕方がない。

 私もごめんだけど来てと口だけ動かして二人を動かし、シャルの後に続く。


 扉を開けて寝室に入った母と祖母は、見事に固まった。

 それから綺麗にシンクロしてこちらを見た。


 ……その反応するって事は兄の言う通りだったって事か………


 シャルが無の表情の二人に、今回知恵を借りたくて来てもらった事を裏無くそのまま話すと祖父と母はこれまた見事にシンクロした溜息をついた。


「……リーン。私は貴女が隠していると思っていたのだけれど」


 頭痛が痛いといった感じの顔で言う母に私は頬を掻く。


「あぁうん、まぁ。確かに隠しているつもりではあったんだけど、でも使えるものは使った方がいいなと思って。王都で凍死者が出るとか笑えないから」

「それは為政者の対策不足であってお前が身を切る事ではないだろ」


 口調を元に戻した祖父が溜息混じりに言うが、私は首を横に振った。


「いやほら、もう私も為政者側の人間だし。というかそうでなくとも出来る事があればやった方がいいじゃない? 何でもかんでもは無理でも、出来そうな事を思いついたらやってみたいと言うか?」


 祖父と母は私の言葉に、少し意外そうな顔をしてそれから諦めたように肩の力を抜いたようだった。


「あなたに驚かされるのはこれが初めてというわけでもありませんからね……お父様、申し訳ありませんが協力してくださいますか?」


 母の思わぬ援護射撃に期待して祖父を見ると、祖父は参ったなというように頭を掻いた。


「まずはこいつらが使えるかどうかだ。とりあえずそれを見てからじゃないと何も言えん」


 ほいきたと私は手を上げて説明しますと宣言し、昨日の説明を繰り返した。

 ただし今回は途中途中で祖父や母の質問が飛んで来て、新たに別のタイプのものを出したり、母に実際に着付けて見せたりしたので時間が掛かった。

 一通りの説明が終わったところで反応を伺っていると、祖父は腕を組み目を閉じた。


「……金になる事は間違いないが、これをすぐに売れるようにするのは難しいぞ」

「開発期間が要るって事であってる?」

「あぁ。ものによっては売り物にまで持っていけるかどうかもわからん」

「全部がうまくいくとは思ってないから、出来れば上手く行きそうなものと難しそうなのを混ぜて担当してもらうとか出来ないかな。採取しないといけない素材を考えると制限はあるだろうけど。

 あと、数か月は王都の上下水道の工事で支えるつもりだから、その間になんとかならないかな」


 ミュラさんが集めてくれた技術者の方々とざっくりとした費用を算出し、シャル達が想定していた予算を超えていない事は確認している。あとはみんなで頑張って作っている計画書が通れば始められる。


「……先代がやろうとしてた奴か」


 あ、知ってたのか。


「そう。それ。

 今作っている計画書が通れば始まるんだけど。開始されるまではとりあえず仮の住居を作る作業で間に合わせようかなと思ってて」


 仮設住宅の件はシャルにも話をして許可を貰っている。

 もちろん避難している人達が受け入れるのならばという前提はあるが、問題なければ王都の外壁の外側に衛星をくっつける感じで小規模な外壁を立ち上げてそこに突貫工事で作り上げ、王都とは乗り合いの馬車で繋げる予定だ。


「仮の?」

「一時的に簡単な住居を作って住んでもらうの。賃金は低くなってしまうけど、とりあえず協力すれば住む場所を確保できるようにするつもり」

「それは避難してる奴ら全員にやるつもりか?」


 やや厳しい表情になる祖父に私は頷いた。


「仮でも家が欲しいという人にはね。

 気にしてるのは財源の事? それは辺境伯夫人のネセリス様にお願いして私の資産から出す予定。外壁の立ち上げは私と兄さんとレンジェル――アーヴァイン伯爵が居れば可能だし、家の外壁も木の柱があれば魔法で賄う方法があるから、王立騎士団とか治安維持部隊の魔法鍛錬の一環で協力してもらうつもり」


 祖父の眉間の皺が濃くなった。


「それこそ国の施策でやる事であってお前の個人資産を使うような事じゃない」

「あぁまぁそうかもしれないけど、でも私使う予定ないし。溜め込んでいるよりは使ったほうが良くない?」


 なにせ私、前世で第二の人生で楽しもうと思って溜めていたお金全然使えなかったのだ。あれはかなり虚しい気持ちになった……


 祖父は母に、どういう教育してるんだ、みたいな目を向けていたが母は額を押さえて首を横に振っていた。


「言い訳をさせてもらえるなら、この子は初めからこれでした。貴族としての立ち回りも正直不安でしかありませんが」

「……結果的に干渉しないってのが仇になったのか」


 干渉しない?

 めちゃくちゃ母には小言を言われてきたんだけど……


「ファクサス殿」

「申し訳ありません。愚痴が出ました」

 

 シャルの視線に頭を下げる祖父。なんだ?シャルもわかってる?

 

「わかりました。

 これをこのまま放置して、下手なところと取引しては災いになりかねない。なんとかしましょう」

「助かる。礼は何がいい?」


 そう言ったシャルに祖父は首を横に振った。


「孫と関わる機会を貰えただけで十分です」


 苦笑交じりにそう言った祖父の顔に、疑問はあったがそれよりも照れくさくなってしまった。


「ただ、それはそれとして。

 可能であれば殿下と個人的に話をさせてもらえないでしょうか」


 苦笑のまま視線を私からシャルへと向ける祖父に、シャルも苦笑を浮かべて頷いた。


 その後、シャル側の居室に二人は消えて、私は母からもう少し考えてからやりなさいと説教されたのだった……

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