第138話 聖女は仕事を任される⑥

 チャイナドレスにアオザイに、ドイツのディアンドル(これはこちらに近いからそう珍しくないかな)、インドのサリー、ポーランドの白いブラウスに縦縞のカラフルなスカートを合わせたものなどなど。


 反応が良かったのは着物とアオザイだろうか?

 アオザイは真っ青な上着に下は白いゆったりしたズボンのようなあれを履く奴だ。動くと裾が翻って綺麗だもんな。しかもわりと動きやすいし、これが流行れば個人的には普段着でもありだ。ドレスなんぞよりよっぽど楽だし。


「……なぁリーン。これを売り物にするとして、衣類関連はともかく他はどこから入手したと言うんだ?」

「そこは王家の宝物庫にでもあった事にしたらダメですか?」


 なんでもありそうじゃないか、宝物庫って。


「さすがにこれだけ異色のものが並んでいるのは厳しいと思うが……」


 椅子に座りながらそう言うシャルに、そうかと腕を組む。

 宝物庫が使えないとなると……豪商である祖父のとこから発掘したとか……迷惑かかるかな……宝物庫すら無理なんだもんなぁ……なんとなく天啓を得たとか?

 いやどうやって作ったんだよって話になるか。駄目だな。


「……ドミニクを呼んでいいか? あいつは諸国に詳しいから私よりもどれが売れるかわかると思うし、出所も誤魔化せるかもしれない」


 それは……確かにあの兄は結構口がうまいから出来るかもしれないが……


「構いませんが、どれがいいのかって兄にわかりますかね?」

「大丈夫だろう」


 なんかシャルの兄に対する評価って高いよなぁ……性格的には逆方向だと思うんだけど、不思議なものだ。


 とまぁそんなわけで遅い時間にいきなり呼ばれた兄は非常に不機嫌な顔をしていたが、私の部屋を見るなり深い溜息をついていきなり拳骨を落としてきた。


「ぃだっ!」

「アホかお前。こんなん見せたらどうなるかわからんのか」

「ドミニク。一応私の目の前でリーンを殴るのは止めてくれるか」

「お前も呑気な事言ってないで、こいつの手綱をちゃんと握っとけよ」

「だからこうしてドミニクを呼んだのだが」

「……俺が対処係なのかよ………」


 人が痛みに悶えて脳天を押さえている目の前で、結構ひどい会話をするシャルと兄。しかし、ちょっと待ってほしい。


「あのー……」

「なんだよ」

「何でこれ出したのが私だとわかったの……?」


 普通、これだけ常識とかけ離れたものがあったら、どこかから持ってきたと思うだろう。なのに兄は私が出したと確信している。


「はあ? お前、あれだけチビの頃からやりまくっておいて今更それか?

 それに母上殿が何の加護だかもう忘れたのか?」


 やりまくった自覚はあるからそれについては反論しないけど。母さんの加護っていうと、


「『招く』と『入れる』だっ…け…………」


 話の繋がりから――兄の言わんとするところを察してまさか、と固まる私に兄は頷いた。


「お前を招いてこの世界に入れたのは母上殿だろうよ。

 明確に意図したわけじゃないだろうが、父上殿の助けになりたいってのが願いだったろうからな。

 まぁもっとも、向こうからもこっちへ来る力が無ければさすがに加護と言えど界渡りとかそんな事は無理だったんだろうが……」

「……ちょっと待って、兄さんって私が違う世界から来たって事知ってるの?」

「父上殿も、なんなら母上殿も知ってるだろ。

 つーかお前、チビがいきなり意味不明な事言い出して、大人みたいな反応を返してきたら普通は疑問に思うだろうが。お前がやけに水を使いたがった時に母上殿が爺様の本見せて納得させたの、普通じゃないだろ。もうあれで確信してただろうよ。お前が魂の記憶持ちでどこかから招かれてやってきたんだろうなってな」

「魂の記憶持ち……」

「精霊信仰では前の人生を覚えている奴の事をそう言うの」


 ……すごい前からバレてたよ……

 ………まぁ……確かに。あの件は子供相手にやる事ではないなとは思っていたけども。


「っていうかリシャールの前でそれを言うって事は、こいつにはもう話してるって事だな?」

「え、あぁ…うん。それは。だいぶ前に話したから」


 バレバレだった事に軽く無い衝撃が……全然隠せてなかったとか……


「ふーん……だいぶ前に」


 何やら意味ありげな言い方でこちらを見降ろしてくる兄。なんだ。何でちょっと不機嫌なんだ。


「ドミニク、その辺の追及は今でなくともいいだろう?」


 シャルが間に入ると兄は面白くなさそうに舌打ちをして、はぁと溜息をついて私が出したものに近づいていった。


「で? これを出した理由は?」

「あ、うん。財源になりそうなものってないかなって」

「財源ねぇ……金になりそうなものが無いかって事で思いつくもん出したってところか……」


 目を細めて眺めている兄は、たぶん加護を使っているのだろう。

 しばらくしてからひょいひょいと手に取り、ソファの前のテーブルに置き始めた。


「見た目からして売れそうで、素材からも作れそうなのはこの辺。こっちはそもそも何に使うのかわからん」

「あ、ちょっと待って説明する」


 と慌てて兄にもざっくり説明を行う。

 時間が掛かるので服は着替えず簡単に身体に合わせてこんな感じとだけ伝え、シャルにも説明していなかったサスペンションやタオル、薬用クリーム関連なども説明する。

 特にサスペンションとタオルについては個人的に導入して欲しいものなので、ちょっと熱くなってしまった。

 いやほんと、馬車のあのがったがた揺れるのはきつい。板張りに直に受けた身としてはこれはなんとか導入していただきたいのだ。売れる売れないじゃなくて、売れなくてもいいから、こちらが使用するものには付けて欲しい。


「……結論から言おう。

 確実に売れるのは、このタオル。見た感じ作れそうだしな」


 おお。それは有り難い。


「で、お前の言う事が本当なら、このサスペンションって構造も売れる。

 どこまで震動が抑えられるのかによるだろうから、絶対に売れるとは言い切れない……が」


 兄は腕を組み、少し思案するように声を落とした。


「リシャール。こいつが考えたって事は、これを使って例の上下水道とかってのを敷く費用にするのか?」

「いや。それは別で予算は積んでいる。これは避難民の支援に充てる財源に出来ればと提案されたものだ。売れるならこれがそのまま彼らの支援にも繋がるだろうがな」

「そっちか………うちの爺様、ファクサス商会に声を掛けるのはありか? 爺様なら国内外の商人に伝手がある。そこから入手したとすればまぁ何とか言い訳できるだろと思うが……」


 え。祖父でいいんだ。


「あ、でも待って兄さん。確かに商会は巻き込んだ方がいいとは思ってるけど、管轄を各地の領主に任せて支店を王都にしてもらった方が一極集中にならなくていいかと思ってて」

「それ含めて爺様の知恵借りろって事だよ。ここまでの数をどこがどうやって軌道に乗せるか俺ら素人にわかるわけないだろ。爺様なら益がある限り悪いようにはしないだろうからな」


 あーなるほど?各地の領主といってもそれぞれ特色があるだろうし材料の問題もあるし、その辺祖父なら詳しいか。


「でも、一商会がそこまで口を出すのはまずいんじゃない? というか、出来るの? 王家だって一商会の肩を持つような事はそうそう出来ないでしょ」


 無理ですよね?とシャルを見れば、シャルは腕を組み考えていた。


「ファクサス……とは、商会組合の組合長の?」


 組合長?


「あぁ、前がつくけどな。爺様に声かければ古参のロクサンナとデライト、イクシスも引っ張れるだろ」

「三大商会か……それならまぁ肩入れにはならないだろうな。というか、ファクサス商会の会頭が祖父というのは本当なのか?」

「別に俺らは隠してないぞ。まぁ爺様はそれとわかる格好でうちに来てなかったけどな。平民出身の母上殿の出自とか普通は気にしないだろうが、お前んとこの調査員ちょっと弛んでんじゃね?」

「私というか、あの時はディートハルトだったが……まぁ、その通りだな」


 もしや、意外と祖父の商会って大きい……?


「明日使いを出そう。まずはファクサス商会の会頭だけでいいか?」

「あぁ。とりあえず爺様にこの惨状を伝えて、どう持っていくのがいいか相談してから他を巻き込んだ方がいいだろ」


 惨状……


「わかった。その話次第でこちらも人を揃えよう。物自体は王家からという話の方がいいか?」

「いや爺様はすぐに気付く。普通にこいつが出したって言った方がいい。あの人も薄々気づいてるからな」


 なんか……問題児扱いされてる気がする上に、私がずっと隠してきたと思っていた前世の事が祖父にまでダダ漏れだった疑惑が……

 まぁ使えるなら、もうなんでもいいですけども……


「話する時はこいつ置いとけよ。そしたらなんとかなるから」

「ドミニクは?」

「俺はパス。むしろ居ない方がいい。一時期あの人のところで扱かれてたんだが……父上殿に似てるせいか厳しいんだよあの人……」


 いやいや兄さんは母さん似でしょ。単純に男だからとかそういう事では?


「……覚悟しておいた方が良さそうだな」

「細かい事までは把握してないだろうし、お前相手にハッキリ言いはしないだろうが……その方がいいかもな」


 いやいや、この国で二番目に偉い人に一商人である祖父が何を言えると。

 そう思ったが二人とも真面目な顔をしているので口は挟まないでおいた。なんかもう何を言っても流されそうな気がして。

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