第135話 聖女は仕事を任される③

 何がどうなって話が回っているのか知らないが、アレの翌日私が部屋から出てこなかった事が広まっており、その辺の事から始まって辺境伯領で出回っている一目惚れの話まで出されて、ものすごく疲弊した。


 どの辺りに一目惚れされたのですかって……みんな聞く事同じなのか、と。辺境伯領で聞かれた気がするわ……少し年が離れているのは気にならなかったのですかとか……むしろこっちに刺さるし……それだけお美しければ婚約者がいたのではとか……いないですよ。今でこそこれだが、見た目平凡貧乏男爵家でなんもなくてハゲの女神で利用されてましたよこんちきしょー。


 微笑みが崩れるかと思った。

 ラシェル様が戻られた瞬間、何事もなかったように話が戻ったのですごくほっとした。


 もうね、どんどんディープになりましたわ。比喩表現とか暗喩とかだと思うけど、十代の娘っ子の好奇心に熟練の野次馬根性が追加されたような感じで。あそこの旦那様はあーだとかこちらの旦那様はこーだとか。いや聞いてないですよ。あんまし聞きたく無かったですよ。よそ様のご事情なんて……

 この会話の内容普通なのか?私前世で独り身だったからいまいちわからないんだが……そんな赤裸々に暴露されてしまうものなのか……恐ろし過ぎない?


 とりあえず、表情筋が死にかけた事だけは確かだ。


 お茶会が終わった後、ラシェル様に疲れたでしょうと言われたが、その意味ありげな視線から途中抜けられたのがわざとだと分かった。

 自派閥ですらこれなのだから、他派閥からはもっとすごい事を言われるぞと暗に教えてくださったのだろうが……たぶんラシェル様の思惑からちょっと斜め上あたりまで話が広がってた気がする。

 まぁ今度からいろいろ覚悟しておこう。覚悟さえしておけばある程度平気だからな。役者だ役者。役者になりきれば平気だ。


 …頑張ろう……


 げっそりしつつ、お茶会の後はシャルのところへ。昨日頼んでおいた資料を見させてもらう為だ。

 執務室へ入った時、一瞬室内に居たフィリップさんや騎士団で見かけた人以外のシャルの部下と思われる方々に凝視されてしまった。


「ちょうどいい、リーンの下につける者を紹介しよう。ノクター」


 シャルの呼びかけに立ち上がってくれていた人の中、一人が机から離れてこちらに来てくれた。

 少し濃いめの焦げ茶色をした髪を首の後ろで結んだ、目が切れ長で少し鋭い印象の男性だ。確か騎士団に居た人だと思う。名前は知らなかったが、顔に見覚えがある。


「ノクター・ミュラと申します妃殿下」


 簡潔な挨拶だが、頭を下げる仕草はとても優雅だ。騎士団に居たわりに線の細い感じもあってどこか中性的、女装させたらすごい似合いそうな人だなとか思ってしまう。


「よろしくお願いします。辺境伯領でお姿だけは拝見しておりました」


 こちらも軽くカーテシーをすれば、シャルが首を傾げた。


「ノクターは館の方には来てなかったと思うが」

「窓から殿下とおられる所が見えましたから」

「窓から……」


 呟いたシャルはどことなく恥ずかしげな様子が……何故?

 見られてると思わなかったからか?特に変なところは無かったと思うが。


「妃殿下。上下水道の件、陛下の許可がいただけました。これから計画の確認作業に入りますが、先に計画に携わっていた者たち関係者を集めますのでそれまで数日お待ちいただけますか」

「承知致しました。何かありましたらお知らせください」


 と、ミュラさんとは普通にご挨拶出来たのだがついでと残りの人、シャルの補佐官も紹介してもらったら皆様どことなく挙動不審な感じが……あれか、予想以上に小娘で驚いたのか。ご婦人方にも言われたけど、見た目だけなら若いしな。

 だが特に何かを言われる事はなかったので、頼んでいた書類をそこにあったソファに座って黙々と読ませてもらった。若干視線は感じたが。

 まぁシャルがいいと言えば彼らは何も言えなかったのだろう。お邪魔してすみませんでした。でもまたちょくちょく伺うかと思います。


 一旦自室に戻ってからまた暗記作業に費やして、決めていたところまで出来たら今度はサンプル品を作っていく。場所が無くて寝室の絨毯の上にそのままどんどん置いていく私にドロシーさんが物凄くもの言いたげな顔をしていたが手を合わせて謝ったら弱ったように微笑まれて許された。よっしゃ。

 まぁ一時的なものだし、目を瞑ってください。


 そうして出来上がったサンプル品を眺め、雑多だなと思う。だが気にしない。どれが当たりか私にはわからないのだ。だから片っ端から思いつくものを出した。


 なので魔力が残り一割程度だ。ちょっと疲れて居室に戻って椅子に座って休憩。


「リーンスノー様、少し宜しいでしょうか」


 お茶を淹れてくれたドロシーさんに声を掛けられ、もちろんどうぞと返すと新しい侍女の紹介だった。


「本日付けでリーンスノー様の侍女となりました、クリス・アーヴァインでございます」


 茶色い髪をきっちりと結い上げ、おろしたての侍女服に身を包んで現れたのは小柄な背の少女、クリスさんだった。


「クリスさんが、侍女ですか?」

「どうぞクリスとお呼びください」


 はにかみながらそう言うクリスさん、可愛い。彼女、とんでもない兄レンジェルしか兄弟がおらず、いろいろ相談に乗っているうちにお姉さまと呼んでくれるようになったのだ。様付けよりそっちの方が嬉しいのだが……いやそうじゃない、初々しさに見とれている場合ではない。


「学園はどうされたのですか?」


 まだ卒業の時期では無い筈だ。なのにどうして侍女に?


「その……兄が結婚した事もあり」


 少し言いづらそうに話すクリスさんに、レンジェルが結婚したから?と内心首を傾げる。そして思考を巡らして、もしやと思った。


「クリスさ…クリスが他家へ嫁ぐ事が確実視された結果ですか?」


 クリスさんは困ったような笑みを浮かべて小さく頷いた。


「はい。兄があぁでしたのでスペアとして家に残る可能性もあったのですが、無事にその可能性が無くなり……そうなると、今度はアーヴァイン家と誼を繋ごうとされる方々が……元々最近詰め寄ってくる方が多くなっていたこともあり、困って学園長先生に相談させていただいていたのです。そうしましたら、学業レベルは足りているからと卒業扱いにしてくださって」


 そして家に居ても何もする事が無く、また突撃してくる求婚者もいるので警備の固い王宮の侍女になってはとお母さんから勧められたのだと。

 確かに王宮勤めをしていれば、とりあえずすぐに結婚させられる事はないだろうし、箔もつく。なるほどなぁと納得。そういう事であれば避難場所にどうぞしてください。


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