第134話 聖女は仕事を任される②

 昨夜、人体の神秘について熟考してしまいました。そして体力温存の為にちょっと主導権を握れないものかと画策した事をとても後悔しております。


 城下に降りるのを止められないよう顔に出ないように根性で起きて、必死で平静を装ってシャルを見送った後、用意してもらった騎士服に着替えお願いをしておいた兄に来てもらい姿を以前の凡庸なものへと変えてもらう。あとついでに髪も黒くする。


 空けられたのは午前中のみ。

 なんだかんだ言いつつも兄も自分の姿を変えてついて来てくれるらしいので、護衛は兄一人。とても気楽だ。はりきっていざ城下へ。


「……お前、いやなんでもないわ」


 父さんが痩せて髪あればこんな感じかな?という顔で、頑張っても階段を下りる足がおぼつかない私に何ともいえない視線を送って来る兄。

 ……死ぬほど恥ずかしい。というか微妙なところで止めるのやめてくれないか。いっそ無視するか笑うかしてくれ。

 って、また野次馬精霊出てくるし……もうやめてくれよ……羞恥で死ねるなら今こそ死んでると思うからさ……そっとしといてくれよ……


「今日だけは治せば? 出て来れるのは限られてるんだろ?」


 さらっと言ってくる兄に、流す方向なのだなと思いつつちょっと考えてそれもそうだなと頷く。


「……そうする」

「あ、力を使うのは四肢だけにしろよ。腹とか絶対使うな」


 強い口調で制止され、羞恥から意識が現実へと引き戻された。

 それって子供が出来てる可能性があるからか?日数的には仮にそうだとしても受精してるかどうかぐらいで全然まだまだだと思うが。

 

「それ、子供関連?」

「おう。おそらくお前なら無意識で保護していると思うが念のため止めとけ。お前の現象に干渉する加護の使い方は何が起きるか正直わからん」


 真顔で言う兄に素直に頷く。


「了解。やめとく」


 足の一部の筋肉にだけ加護を使って普通に歩けるように、腰がだるいのは気力でなんとかする。


「避難地を見るんだったか?」

「それもだけど、とりあえず王都を見て回りたい。状況がわかってないから」

「馬は?」

「速足まではいけると思う」

「きつくなったら言えよ。無理させたら俺がどやされる」


 ぼやくように言った兄に、二人してしこたまシャルに怒られた事を思い出し笑ってしまう。シャルは真面目に正論で怒ってくるので兄もごねにくいのだろう。


「わかった」


 騎士団の馬屋まで行って、馬を借りてそこから騎乗して城下へと降りた。

 王城を中心として広がる城下をぐるりと回るように巡っていく。


 火が放たれたのは、本当に無作為だったようだ。

 民家が密集しているところ、商店が立ち並ぶ通りのど真ん中、各種職人が集まっていた職人通り、貴族の屋敷が立ち並ぶ区域、唯一被害を免れているのは教会ぐらいだろうか……

 広範囲にわたって虫食いのように火に喰われた跡に――確実に死人が出ただろうと思われる跡に、何故こんな酷い事が出来るのかと重い気持ちになる。壊すのは一瞬だが、そこにあったものが積み重ねてきていた筈の記憶や歴史は取り戻す事が出来ないのに……


 いや、と思考が落ちていきそうになるのを振り払う。

 気落ちする為に来ている訳ではないのだ。そんなもの現状何の足しにもならない。


 冷静に見て王都全体からすると約四割から五割が被害を受けている。とんでもない痛手だ。

 瓦礫は確かに取り除かれつつあるが、全て出来ているわけではなかった。対処にあたっているのは住民と思われる男性たちと治安維持部隊の隊員だろうか。

 重機が無いこの世界では人力で全て移動させなければならず、未だに炭化した家屋がそのままのところもあった。重力魔法の使い手が居ればまた違っただろうが、あれは今のところ私とドロシーさんしか使えないので話にならない。


「これでもまぁ進んだ方だな。最初は国の機能も全部止まってたからな……かなり無理矢理人を入れ替えて動くようにしてなんとか形になったってとこだ。まだまだこっちに手が回らないんだろ」

「人手不足って言ってたもんね……」


 続いて避難民が生活しているという避難地、王都の外壁を出てすぐのところへと馬を走らせると、かなりの数のテントが見えた。

 王都の民はたしか約十万人弱。被害の規模から単純計算その半分ぐらいがと考えると、逆にテントの数は少ないかもしれない。


「避難場所ってここで全部?」

「いや、もう一か所ある。同規模だな」

「……縁故頼って別の街に避難した人も多い?」

「だいたい四分の一ぐらいな。ここに残ってるのはそれが出来ないってのだ」


 女性や子供、途方に暮れたような顔をして座り込んでいる男性たちの姿を遠目に早めにどうにかしないとだなぁと思い、時間一杯見て回って王城へと戻った。


 戻ってすぐに見た事を纏めて、着替えて手早く食事を終えて午後のスケジュールをこなす。ラシェル様の人脈である御夫人方との小規模なお茶会だ。

 城下では明日の暮らしも見えぬ者が居る中、一方では華やいだ世界があるのだから頭を切り替えるのが少しきつくなる。

 だが、これはこれで必要なのだ。この世界での情報収集はこういう部分で賄われるのだから。ここ王都以外の状況を掴むにはこういうところを利用しなければならない。報道機関なんてないしテレビなんてものも無いのだから。人との繋がりがそのまま情報量になってしまう。


 皆様好意的に接してくださるので、ありがたく話の流れで各領地での現在の状況をさらっと聞いてみる。

 そうするとやはりミルネスト側についてなかったところはどこも疲弊気味で、辺境伯領だけが異常だったのがわかる。あの人、どうやって稼いでいたのか……たぶん国外じゃないかと睨んでいるが。荒地を挟んだ先のヒッタイトあたりとか。海運使えばあそこなら出来そうだし。本当は外交は一領地では行えず国を通すのが基本だが、抜け道を作ってやったのではないかと。バレなきゃ問題にならないとか言いそうだもんなぁ……


 王家の財政がどうなっているのかまでは知らないが、牛耳られていた経緯から考えればミルネストから接収したものと、ラーマルナの賠償が資金源である可能性は高い。

 公共事業を行うにしても、それだけだと冬を前に大変な事になる可能性は高いし……かといって支援をしようとするのは現実的に考えて厳しいか……シャルも財源は無尽蔵では無いって言ってたし。

 という事は、何かやるにしても各領地や豪商あたりを動かして巻き込んだ方がいい。国外へのルートを持ってるとこがいれば尚いいな。国内だけだと限界あるし。となると最終的に外務省を通さないと駄目だな。


 微笑みを浮かべ皆様の話に相槌を打ちながら頭の中で出来そうな事を思い浮かべ羅列しておく。ついでに実行するにあたって必要となる許可やら関係者やらを思い浮かべリスト化する。まぁリスト化したところでまずはシャルに聞いてみないと何とも言えないが。


 そうして考えていると、ラシェル様が少し席を外され気が付けば話題が夜の方へと移行していた……嫌な予感が……


 えー……御婦人方の好奇心は十代の娘にも匹敵しました。

 女性はいくつになっても女性ですね。でした。

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