第133話 聖女は仕事を任される①

 伯爵はこちらを見ていたが、私を見るなりそのまま呆けたように固まり、次いで慌てたように立ち上がった。


「ま、まさか……妃殿下?!」


 ご挨拶という事で軽くカーテシーをすると、伯爵は慌てたようにその場に両膝をついた。


 ちょっ何故土下座?!あれか!?シャルから助けてくれ的な奴か!?


 困ってシャルを見れば、手招きされたのでそちらに行くと横に座らされた。


「リーン。一つ聞くが」


 え、伯爵そのまま?土下座のままなんですけど。すごい気になるんですけど。


「この王都に上下水道を敷くとなった場合、指揮を取れる人間が今いない。人手が足りていないのだ。やってくれと言えば、やってくれるか?」


 ……ううん?

 随分と急な展開だな……でもまぁ、


「私で宜しければ全力でやらせていただきます」


 何か思惑は感じるが、念願のそれをやらせてもらえるというのなら、そりゃー忙しいからといってちょっと無理ですとか言う選択肢は無い。

 ラシェル様の教えでいついかなる時も落ち着いた微笑みをと言われているが、ものすごく笑顔になってしまいそうだ。


 シャルはちょっとだけ苦笑したような気がした。だがすぐに真面目ないつもの表情で伯爵を向いた。


「伯爵、この王都に上下水道を敷く計画は私の妃が主導する。他に資料があるようなら全て出すように。それから、関係者が残っているのならそちらも全て報告するように」

「………は……は、はい!」


 シャルの言葉に跪いたまま事の成り行きを呆然と見ていた伯爵は、慌てて頭を下げた。すごい泣いていた。


 伯爵がべそべその状態で私に挨拶をして、どうぞ宜しくお願いしますと何度も頭を下げて、どうにか退室した後にそれで?と澄ました顔でシャルを見る。頑張らないとニマニマしそう。


「決定事項のように言われていましたけど、陛下に上奏しなければならないのでは?」


 疑問をぶつければ、シャルはソファの背にもたれ笑った。


「この話にそこまで乗り気なのはリーンぐらいだろうな」


 今度こそ苦笑してそう言うシャルに、こちらもちょっと表情が崩れてしまう。仕方ないじゃないか、そもそもそれが目的で官吏にもなったのだから。


「この件は既に話していたのだ。王都で上下水道を敷くとなれば反発が激しいだろう? 今は幸いリーンの水花が印象深い出来事として民の心に残っているから、水に対して恐怖心が薄らいでいる。やるなら今リーンが主導するのが一番いいだろうと」


 あぁなるほど。そういえばそんな事をレティーナが言ってたか。


「私は辺境伯領で実施して、そちらで確立された技術をこちらに運び込むのかと思っていました」

「それも考えはしたが、王都では職も家も無い状態の者が多くてな……」


 公共事業として仕事を作るという事かな?

 となると、結構急いで計画を立てないといけなくなるが……下水の方は先にやろうと思えばできるか?

 いやそれより職がないはともかく家が無いというのは問題じゃないか?既に一ヶ月以上経っているが、どういう状況なんだ?瓦礫の撤去は進んでいると漏れ聞いたが……


「家が無い方はどこに寝泊りしているのですか?」

「ディートハルトが作った避難地をそのまま流用している」


 ってことはテント生活かな……もう冬に入るとなるときついのでは……


「……被災者の生活支援はどのような計画ですか?」

「今は治安維持部隊と精霊教会の慈善活動で賄われているが、こちらの財源も無尽蔵ではないからな……それもあって仕事を作り出したいのもある」

「辺境伯の軍は撤退です?」

「撤退というか、もともとあれは辺境の地を守護する役目があるからな。あちらの騎士団をほぼ丸ごとこちらに持ってきたからあちらに返さなければ防衛に支障が出る」


 あぁそうか、そういえばそうだった。

 王立騎士団にそのまま移し替えたんだった。

 じゃあ望める人手は現状が最大か。


「ちなみに、仮設住宅などの支援はあるのですか?」

「それは土地の所有者次第だな……基本的に建物に関しては土地の所有者が再建する事になる。その時に低額で貸すか、それとも今まで通りとするか……それ以前に再建が難しく別の人間に売るか……」


 つまり無いって事か。それかなり厳しいのでは……うーん。実際に見てないからどの規模なのか全く想像がつかないが……


「……あの、ちょっと王都を見てきたいんですが」


 そう言うと、シャルは渋い顔をした。しかし渋い顔をされても現状がわからないと動きようがない。それに話を聞いて思った事もある。

 とりあえず、何も見ない状態ではわからないからと許可を貰えるまでお願いして渋々という様子だったが貰えた。

 というか、心配しすぎだ。すぐそこの城下を見るだけなのに。


 兄に姿を変えてもらって護衛をつけるように言われたので、そこは素直に頷いておく。それぐらいは私も理解できるので。

 それと忙しくなるのが目に見えてわかっているので無理だけはするなと釘は刺された。


 了解です。でも若いので睡眠と食事さえしっかりしていれば大抵平気だ。


 問題は覚えないといけない事をとにかく頭に叩き込む事だ。それが済めば時間が空く。早速計画を練るために隣に戻って、兄にお願いして、それから集合していたメンバーを解散させ部屋へと戻り、スケジュールを見直す。


 これをここまでにやるとして……そうなるとここに隙間が出来るからここに入れ込んで、でこっちに動かして……あぁ本当こういう時にパソコンが欲しい。進捗管理とかちゃちゃっと作って出来るのに…………いや、無理か。電気ないしな。


 一瞬加護で作りだそうかとも思ったが、出来そうな気もしたが、やめた。

 あれは完全にオーパーツ過ぎる。技術をいきなり進め過ぎると何が起きるかわからないし軍事転用とかされたくない。


 一旦直近一週間のスケジュールを組み立てて、次にToDoリストだ。

 それ用のノートを作って付箋でベタベタとやる事を張っていくと、ノートが膨れた。やる事多過ぎ。思わず太ったノートを見て笑いが出てしまったが、俄然やる気が出た。

 とりあえず明日以降の変更したスケジュールをドロシーさんに伝えて調整と各所への伝言をお願いする。あとは今日分のノルマをこなすべくひたすら暗記に取り組んだ。

 人間、ご褒美を吊るされるとやる気が出る。現金な事だが、これは真理である。苦手だなんだの言ってる場合ではない。身体を動かしながらブツブツと呟き脳内で具体的な情景をイメージして仕来りだとか特殊な作法を叩き込んでいく。


 しかし……ダンスが項目に入ってなくて良かった。あれあったら終わらない気がする。


 あと、しみじみ若いっていいなと。これが四十超えてくると結構大変になってくるのだ。やる気があってもなっかなか頭が記憶してくれなくて、覚えたと思っても度忘れする事があって……歳を感じる瞬間って結構辛い。


 そんなこんなで興が乗ってしまって、夕食後いつの間にか帰ってきていたシャルにも気づかず、声を掛けられても無視してしまったらしい。


 いきなり後ろから耳元に「ただいま」と囁かれて驚いて腰が抜けそうになった。


 いやあの、無視してほんとすみませんでした。今度から気をつけるんでやめてもらえませんかね……心臓に悪いんですよ、その声。


 そうお願いするもそのまま強制的に中断させられ……すんませんでした!囁くぐらいいいです!はい!全然!

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