第128話 裏側の攻防②

「ドロシーの身元は知っているのか?」


 おそらく知っているのだろうなと思いながら聞けば、思った通りあっさりと頷いた。


「底を知って、尚且つそこから這い上がってきた人間ってのは強いんだよ」


 辺境伯領であった一連の事件の事も把握済みなのだろう。その上で決めたのだろうが……


「周りが煩くなるぞ。一部からお前は恰好の獲物として狙われているんだ」

「知らないとでも? 当然対策は取ったさ」

「……お前の心配はあまりしてないが」


 ドロシーの方はやっかみを受ける可能性がある。家から籍を抜かれているので明確な身分が無い今、リーンの侍女という立場しか持っていないのだ。それすらも身分が無いために剥奪しようとしている輩がいる。

 そこにきていきなり騎士団長に任じられた出世頭とみなされているドミニクと婚姻を結ぶとなればどんな反発があるか。

 ドロシーがリーンの事を一番に考えてくれているのは疑いようもなく、今となっては彼女程信頼出来る者もいないためどうにかしなければとは考えているが……


「だから対策してるって。もうじき書類が整ってそっちにもいくと思うぞ」

「書類?」

「もう着いたからその話は終わりだ」


 長く続く道を進めば前方にぼんやりと明るい光が見え、近づけば大きな空間に十数名の人間が集まっていた。

 みな一様に黒い教会兵姿をしており、中心に居るジェンス男爵も本来の姿で同じように教会兵の服を身に纏っていた。


「揃ってるかー?」


 緊張感の欠片もなくドミニクは声を出してずかずかと中心に割って入っていくので、こちらも割れた後を追う形で進まざるを得ない……挨拶などは、要らないという事なのだろうな。


 ジェンス男爵の前まで行くと、ドミニクは俄かにざわめいた周囲をぐるりと見回してにやぁっと笑った。


「結構いるじゃねーか」


 馬鹿が。


 嗤った顔がそう言っていた。

 という事は、教会で保護したいという意見の人間が揃っているという事だろうか。

 ドミニクがこちらに視線を向けたので、もうやっていいのだろうかと持っていた黒い玉子を手のひらに乗せる。


「殿下、少々待っていただきたい」


 ジェンス男爵に止められ、見ればドミニクが舌打ちをしていた。

 息子の様子に軽い溜息をついたジェンス男爵は、周囲に目を向けると忠告するように言った。


「先に言っておく。失明したくなくば目を閉じ押さえろ」


 失明……ああ、そういう事か。


 確かにこの中に、精霊がこちらに現れる瞬間を確保しているのなら相当な光量になる可能性はある。感情の揺れ幅が大きい程精霊がこちらに現れているというのなら、昨夜は過去最大だろうと断言はできる。


 ジェンス男爵の言葉に周囲の神官達は視線を交わし合い、従う者が半分、目を閉じただけの者がさらにその半分、残りは動かなかった。


「お前は平気だろ。それが守るだろうから」


 私も何か目隠しがいるだろうかと考えていると、それ、と黒い玉子を示しながらドミニクが言った。


「そんな機能があるのか?」

「たぶんな。黒い部分とその内側の部分がそれぞれ独立して違う動きをしてるから保護も掛かってると思う」


 ドミニクはちらっと横のジェンス男爵を見ると、黒い玉子を見つめていた男爵は黙ったまま頷いた。

 二人がそう言うのならそうなのだろうが……一応目は閉じておこう。


「では、解放する」


 声をかけてそれぞれが理解したのを見てから手のひらに乗せた黒い玉子の上にもう片方の手を被せるように乗せて私も目を閉じた。


――解放するときは、こうやって持って、出てきていいよってリシャールが言えばいい。そんで出てくるから。


「待たせた。もう出てきていいぞ」


 口にした瞬間、何かが身体の周りを覆うような気配があった。同時に何人かの悲鳴も聞こえたが……身構え危惧したような光は感じなかった。そっと目を開けると半透明の黒いカーテンのようなものに包まれており、辺りはぼんやりとした光で溢れていた。

 ジェンス男爵もドミニクも、大半の神官も未だ目を閉じ腕で庇っている状態だ。悲鳴をあげたと思われる神官は両目を押さえて蹲っている。ひょっとするとかなり眩しいのだろうかと思っていると、黒いカーテンのようなものが薄らいでハラハラと細かく散り、一か所に吸い寄せられるように集まったかと思うと再び手のひらの上に乗せていたガラスのような玉子の表面を覆うように張り付いた。なるほど。こうなっていたのか。


「もう目を開けても大丈夫だ」


 目を閉じている者達に言えばそれぞれがゆっくりと目を開け、大きな空間に溢れんばかりに満ちる色とりどりの光に息を呑んでいた。


「あいつは馬鹿みたいに情が深いんだよ。こうなるのは当たり前だろ」


 ふん。と鼻を鳴らして呟くドミニク。

 ジェンス男爵は目を押さえて呻いている者に溜息をついて他の者に運ばせるように指示を出していた。それから残った者達に視線を向け語りかける。


「危惧する気持ちもわかる。だがこれが全てだろう。

 これほどの精霊を生み出す相手が次現れるか確証は持てないのではないか?

 そしてずっと近くで見てきた者として言わして貰えば、今代の巫女は少々頑固だ。右から左へと動かされたといって、こちらの思うように動く者ではない。そして一度懐に入れた者をそうそう簡単に忘れるような者でもない。

 そもそもこれまで巫女の意志を曲げぬよう細心の注意を払ってきたというのに、接触が可能と分かった途端にその意志を無視し事を運ぶような事は、私個人としても納得がいくものではない。

 もし、この結果を見ても承服しかねると言う者がいるのなら私は神官長として巫女をこの命にかけて守る事を誓おう。それでも納得しないというのなら、前に進み出よ」


 神官達は反論出来なかったのか次第にその場に膝をついて祈りの姿勢を取っていった。それはつまり、これ以上の横やりを断念するという意志表示なのだろう。


 横でぼそっとドミニクが「なーにが誓おうだ。どうせ生まれた時からそのつもりだったくせして」と呟いているのは……なんとなく彼ら家族の関係性というか、家庭での様子を窺い知るようで苦笑してしまう。


 ともかくこれでようやく教会の横やりを止められるのかと、ほっとした。

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