第129話 聖女は差し入れの中身を報告する

 延々と文字を見ていたせいで、夕方には少し頭が重くなってきた。

 途中でドロシーさんが休憩を挟んでくれなかったら痛くなっていたかもしれない。


 勉強用資料をサイドテーブルに置いて目頭を揉み、積み上げたクッションに凭れる。脳内を占めるのは今見たものではなく、あの計画書についてだ。やっぱり気になってしまう。


 ……地下をとなると建物の下に通すのはやっぱり大変なんだよなぁ。江戸みたいに井戸の形で水を汲み上げる方が現実的だけど……あの計画書だといずれその汲み上げ式から各家に線を繋いで塞いでしまう考えで………いやまて。むしろ王都の方があちこち壊されて撤去したところだから……ある意味やり時?まだ上物がないわけだからひっくり返し放題じゃないか?区画を区切ってそれこそ計画書にあった土魔法でゴリ押しすれば出来なくもないような……でも人の心が追いついてない状態で無理にやっても仕方ないし、そこはまぁ効率よりも受け入れられるかどうかだなぁ……慣習って根強いし、安全だって言われても水が怖いという気持ちをゼロには出来ないだろうし……


「本を読んでいたのか?」


 考えに沈んでいると声をかけられ、見ればシャルが帰ってきていた。控えてくれていたネラーはいつの間にか居ない。


「お帰りなさい」

「ただいま。身体の調子は?」


 ごく自然に額にキスを落とされて一瞬固まる。脳裏に昨日の事がチラついてぐあああ!となったが、顔は淑女教育を総動員して保った。

 それまで気配を消していた精霊がまた激しくピカピカしだしたが……タイミング的に野次馬してるんじゃないかと邪推してしまう。兄が面白いもんでもあったんじゃないかとかなんとか言ってたしな。


「問題ないです。ちょっと筋肉痛なだけで、だいぶ楽をさせて貰いました。

 あの、お疲れのところ申し訳ないのですが、これを見ていただけないですか?」


 サイドテーブルに積んでいた本の中からあの計画書をとってシャルに渡すと、シャルは受け取って捲り訝しげにこちらを見た。


「これは? 何かの計画書か?」

「ええと、ちょっと貸してもらえますか?」

 

 一度返してもらって、施工期間と費用の概算のページから先王陛下のサインと思われるところまで捲って開いて見せる。


「たぶん、先王陛下が計画されていた上下水道の計画書ではないかと思うのですが……ここのサイン、御本人かどうかはわからないのですがもしかしてと」

「なに?」


 シャルは本を受け取ると食い入るようにサインを見つめ、しばらくしてから顔を上げた。


「どこでこれを……」

「内務省に務めていた頃の同僚、アルニム子爵からの差し入れなんです。でも子爵はこのような大きなものに関わるような仕事をしていませんでしたし、この時ももちろん年齢的に内務省には居ない筈で……ドロシーに入手経緯を確認出来るようならして欲しいとはお願いしていますが」

「こちらからも確認してみよう」


 一つ頷き、シャルは言った。

 シャルから確認いったら胃痛に見舞われそうだな。が、仕方がない。ものがものだしな。


 計画書はそのままシャルが持っていった。やっぱり気になるのだろう。仕事を増やして申し訳ないが、あれは必要なものだろうし良いようにやっていただきたい。

 ベッドから足を下ろして大きく伸びをするとパキリと肩が鳴った。


 固まってるなーとぐるんぐるん腕を回して解し、ついでに柔軟もしておく。

 シャルが戻ってきたのは夕食時で途中から一緒にいただいたが、話題はやっぱりあの計画書だ。


 今のところあの計画書についてわかっているのは、元同僚が伯父であるバーナー伯爵という方からどうにか私に渡せないかと頼まれてあのような形、専門書風にして送ったという事だった。つくづく彼は誰かに利用されているというかなんと言うか……


 今の私と内務省に務めていた時の私では顔が全く違うのだが、名前で同一人物だと判断されたらしい。よくもまぁ下っ端の名前を知っていたものだと思う。

 バーナー伯爵というのは、ミルネストの派閥にあった家らしく今はかなり肩身の狭い状態らしい。蝙蝠のように鞍替えする貴族が多い中、未だはっきりとした態度を見せない事も相まって孤立しており、火災を免れた王都の屋敷に籠っているのだそうだ。明日呼び出して真意を確認するようだが……何かの罠だったら嫌だな。


「あの、その方とお話される時、私も同席できますか?」

「リーンも?」


 最後の果物をいただきながらお願いしてみると、シャルは少し考えるように押し黙った。


「……同席は、少し難しい。だが、隣の部屋からなら聞かせられると思う。

 念のためレティーナを付けていてくれるか?」


 何か良からぬことを考えていたらすぐに対処できるようにだろう。

 わかりましたと頷き、視線をドロシーさんに向けるとすぐに察して動いてくれた。もはやドロシーさん、アデリーナさんみたいである。

 ちなみにアデリーナさんは、今は王宮の侍女を取りまとめる侍女長になっている。元々王宮の侍女を務められていたそうで、実はシャルのお母さんと同僚で先代の王妃様に仕えていたのだと。聞いて驚いた。道理でいろいろと詳しいわけだ。


「そういえばシャルは『伝える』の加護持ちから言葉を受け取れましたっけ?」

「一応何かで使えるだろうと練習はしたから出来ると思うが」

「ティルナでも可能ですか?」

「あぁそれは出来る。ティルナで練習したからな」

「ではティルナも連れて行っていいですか? レティーナが確認した内容を伝えられますから」


 そういえばそういう事も出来るかとシャルは頷き許可をくれた。ティルナは今はラシェル様の護衛についているので、許可がいるのだ。


 その夜はさすがに求められる事は無かったが、自分の部屋に戻ろうとしたら寂しそうな顔をされたためなし崩し的に一緒に寝ている。


 そして、後ろから抱き込まれて非常に寝づらい……


 世の御夫婦はいったいどんな態勢で寝ているのだろう?

 腕枕とかあれって結構やる人もやられる人も腕が痺れたり首が痛くなったり辛い代物だし、こうして巻き付かれているのも寝がえりが打てないので結構しんどいのでは?


 と、意識を冷静に分析して見る事で逸らしているが、暖かい身体と後頭部にかかる息にとんでもなく緊張しております。やる事やっておいてそれで緊張するのはどうなんだと自分でも思いはするが、してしまうこの現実よ。寝たいのにばっちりしっかり覚醒しております。

 あと、精霊が出歯亀しているように現れるので、暗い部屋にふわふわと淡い光が揺蕩って気になって気になって……

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