第123話 聖女は事情を知る
そうか、ドロシーさんそこまで加護の力を使いこなしていたのか……
碌な加護じゃないと傷ついた目をしていた彼女の姿が脳裏に蘇る。
見て欲しいのに……存在を認めて欲しいのに、その瞳の中に自分が映っていない事を理解出来てしまうほど賢くて。藻掻くようにして魔法の練習を繰り返し、必死に自尊心を守り価値を見出そうと足掻いていた幼い頃の姿。
侍女になってくれてからは、やった事もない無詠唱にも果敢に取り組んで、こちらが説明する感覚やイメージをなんとか理解しようと擦り切れるまで私が書いたメモ書きを読み込んでいて……
ラーマルナは、彼女を利用した黒幕だ。
それを翻弄してやったというのはなんだか、くだらない加護の因習にヒビを入れてやったようでもあって……彼女がそんなものから解放されてくれていたらいいなと、そう思った。
「そうだったんだ……うん、今もお世話になってるし、お礼を言わないと……………ん? ちょっと待って。ドロシーさんって辺境伯領に居た筈だよね?」
はた。と、違和感に気づいた。
「おう。そうだぞ」
「それで私を助けるために部隊に紛れ込んだんだよね?」
「おう」
「……辺境伯領からミルネスト領まで距離があると思うんだけど……シャルって王都の近くに居たんじゃないの?」
違う違うと兄は手を振った。
「俺が、辺境伯領まで飛んだんだよ。
得意じゃないけどそんな事言ってる場合じゃなかっただろ?」
「飛んだの意味がわからない」
頭の中で甥っ子がはまっていた某七つの球を探す野菜人さんがカッ飛んでる姿が思い浮かぶ。
「だから『惑わす』の加護で、空間を惑わせて直接辺境伯領に行ったんだよ」
………あぁ!どこでもド〇か!
「なにその反則みたいな使い方。そんな事出来るの?」
「くはは、天才だからな」
偉そうに腕を組んで笑う兄。
確かに、と思ってしまうのがなんか悔しい。でも実際そんな事が出来るなんて凄すぎる。
「じゃあ辺境伯領から同じようにシャル達をこちらに運んできたんだ」
と言ったら、兄はぶすっとした。
「それはハンネス。精霊教会の司祭な」
「ハンネス様? って、たしか『結ぶ』の加護の方だよね?」
私とシャルを結んだ方だ。
「そーだよ。道を『結ん』で王都へと送ったのはあいつだよ」
「あいつって……司祭様なんだから。いや、それ以前に知り合いだったの?」
「父上殿繋がりでな。俺はおまけ」
あぁ…そういえば、そんな事を言われてたっけ。ペンダントの事もご存知だったし。
「何で父さんがそんなすごいお方と知り合いなんだろうね……」
「顔だけは広いからな。父上殿」
「そうなんだ?」
いまいち想像出来ないが、無害そうな人柄だから警戒されないのかな?
「そういえばクリスさんは? 直接兄さんが行ったって事は、クリスさんにペンダントを送ってもらったんじゃないよね……ん? でも私のところにペンダントが来たから、やっぱり送ってもらったのか??」
「あぁあの子な。あれはレティーナが学園と連絡取れるって言うから王都近くまで来させて、そこで合流してお前のとこに送らせたんだよ。あの魔法馬鹿もくっついてきたけど」
「そういう流れだったのか……じゃあやっぱりわざわざ駆けつけてくれたクリスさんにもお礼を言わないとだなぁ……」
結構いろんな人の手を借りたんだなとしみじみ。あの時ペンダントが手に無かったらちょっと精神的に挫けてたかもしれない……
ハンネス様にもお礼を……手紙でもいいだろうか。さすがに今王都を離れるのは難しいだろうし。
そんな事を考えながら立ち上がりズボンについた土を払っていると、予定の時間より遅い私を呼びに来たと思われるドロシーさんの姿が見えた。
「お疲れ様です。今日も随分しっかりと訓練されたようですね」
ドロシーさんはそう言ってタオルを渡してくれるが、兄の方はちらとも見なかった。
「えっと、はい。それなりに」
なんとなく気になって兄の方を見れば、兄はさっさと立ち去っていた。
……あれ? 求婚したんじゃないの……?
思わずドロシーさんの様子を窺ってしまうが、彼女の方も普段と変わらぬ様子だ。
「あの、ドロシー?」
「はい」
お礼が先だと思うが、ごめん。どうしても気になる。
「兄が求婚したって本当ですか?」
尋ねた瞬間、ポンと音が出そうな勢いで顔が真っ赤になった。
あ。本当なんだ。そして案外嫌じゃなかったんだ。
「だ、誰がそのような事をっ」
冷静でいようとしているようだが、声が上ずっている。
「兄から聞きましたが」
「! ……あの方は……!」
怒っているような、でも恥ずかしがっているだけのような。口元を震わせながらも目はちょっと潤んでいて、なんだろう。すごく可愛い生き物がここにいる。
「何と答えたのか聞いてもいいですか?」
「え!?」
驚いたようにこちらを見るドロシーさんに、え?とこちらも首を傾げる。
普通聞きたくなるものだと思うが、そんなに予想外の質問だったのかな?
「そ……そ、それは……」
「あ、駄目なら駄目で大丈夫ですよ。兄は利害とか考えずに単純に好きだからそうしたんだと思います」
「え……」
「誰かの思惑が絡んでそう言ったという事はまず絶対に無いですから。そういうの考えるような人じゃないので」
「ぇう…」
「断ったら仕事に影響が出るとかそういう事も無いです。あれば私がなんとかしますから。あと兄は結構強引なところがあるので、困っているなら言ってくださいね」
「あ…う……」
ドロシーさんがあとえとうしか言わない。
首まで赤くなって完全に処理落ちしている様子に、これは兄が結構アプローチを掛けたのではないかと思われ……純情そうな彼女をあまり追い詰めるなと後で言っておこうと、そう思った。
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