第122話 聖女は身体を鍛える

 いろいろ悩みを抱えながらも七割方回復したかなと判断したところで、兄に頼んで訓練の相手をしてもらい鈍った体力と勘を取り戻す事にした。

 兄とグレイグ以外、私に対して訓練など怖くて出来ないという反応だった。わからなくもないが遠いところへ来てしまったとちょっと切なくなった……


 本当は王家のしきたりだったり淑女教育だったり、人脈作りのためのサロンだったりしなければならない事が山と積まれていたのだが合間に息抜きと称して無理やり突っ込んでもらった。


 実際私的には息抜きになるのだが、意味合い的には離脱能力を高める方が重要だ(もう一つ思惑はあるが効くかどうかはわからないので、今は意識せずにおく)。

 今回のことで痛感した。本当の戦闘訓練をやった人間相手には通用しないと。

 実はあの時グレイグ、レンジェル両名以上と思ったのは勘違いで、実際はグレイグと並ぶぐらいで魔法に関してはレンジェルの圧勝だったらしい。消耗した状態と心理的な圧迫から正しく認識出来てなかったそうだ。非常に悔しい。


 という事で、魔法制御と魔法に対する観察眼を鍛えるために本気で兄の魔法を耐える訓練も加えている。


 王立騎士団の訓練場を丸まる貸し切ってやらせてもらっているので、私と兄の本気のやり合いに肝を冷やした副団長のケルンさんがシャルのところに飛んで行って連れて来た事もあった。

 ちなみに、勢い余って訓練場を半壊させてしまっていたので兄と二人でシャルに限度を考えろとこっぴどく怒られ、その後二人して訓練場の補修をした。途中からどっちが固い壁を作れるかという競争になり、何故かレンジェルまでやってきてわちゃわちゃやってるうちに、馬鹿高い壁を作り過ぎてまたシャルが呼ばれる事に……レンジェルはいつものごとくどこ吹く風でさっさと消えてしまい、私と兄はくどくどと説教されてしまった。


 その数日後、今度は土魔法による巨大な杭を、同じく土魔法で受け止めたり水魔法で受け止めたり、どの程度の強度で耐えれるかやったりしていたら通りかかったシャルが血相を変えてやってきて、頼むから止めてくれと真っ青な顔で懇願してきた。

 私を助けた時の状況がトラウマになっているようで、それに酷似した光景に心臓が持たないらしい。死にそうな顔をしているシャルに平身低頭謝った……。シャルって繊細だよな……

 ただ訓練はしたかったので妥協点として、私に見立てた人形を離れたところに置いてそれを守るという訓練は許可してもらった。


 そうして仕事やら軟禁やら監禁やらで衰えていた体力の方は一ヶ月もすれば段々とついてきて、手合わせでグレイグの攻撃を凌げるようにまで勘を取り戻した。が、兄の攻撃は未だに凌げていない。

 本気の兄は早かった……。しかも目が良すぎてこちらが何をしようとしているのか察知するのだ。集中を妨げるように邪魔してきて魔法が発動出来ないし、射出する石柱魔法の勢いを利用して突っ込んできたり圧縮した空気を推進力にして離脱したり、あり得ないタイミングで方向を変えたりと変則的な魔法の使い方をするので動きが読めない。

 めちゃくちゃ強いのは知っていたが、ここまでとは思っていなかったので本当に驚いた。


「兄さんって、本当に例の決定戦で勝って騎士団長になったんだねぇ……」

「なんだよ藪から棒に」

「強いのは知ってたんだけどさ、それでもほら強い人ってもっといると思ってて」

「ああ? 俺より強い奴なんか数人しか知らんぞ」


 いるんだ。数人。世の中って広いな……


「まぁ、うん。納得したよ。確かに強いって。

 でもちょっと疑問だったんだけどさ」


 魔法の余波で抉れた地面を土魔法で戻しながら思っていた事を訊いてみる。


「なんで騎士団長なんかになろうと思ったの? 兄さんってそういうの苦手なイメージがあったんだけど」

「あぁそりゃドロシーがお前から離れる気は無いって言ったからな」


 ……ドロシーさん? ……何故ここでドロシーさんの話に?


「なら近場で居られるのはって考えてた時にリシャールが騎士団長になれば居られるぞって言ってな」

「シャルが?」

「あぁ。で、なった」


 ……いや、全然理由がわからないんだが。


「あの、なんでドロシーさんの話になったの?」


 兄はどんどん地面を元の状態に戻しながら何でもない事のように言った。


「なんでって、俺、あいつに求婚したから」

「………はああ!?」


 ラシェル様直伝の淑女教育を全て忘れてデカい声を出してしまった。


「え、なに? どういう事?」


 詰め寄る私に兄は恥ずかしがるでもなく普通の顔で答えた。


「どういう事もなにも、あいつ相当根性あるだろ? しかも負けず嫌いで弱音吐かねーし、気が強い」

「あぁうん、それはそうだと思うけど、ちょっと待って。ドロシーさんと兄さんってどこかで会った事があるの??」

「会ったのはお前を助けに行った時だな。あいつが居なかったら間に合わなかったかもしれないんだぞ」


 ちゃんと感謝しとけよーと言う兄に待ったをかける。


「………ちょっと、その話知らないんだけど。詳しく教えて」


 そこから地面に胡坐を掻いた兄の前で正座し聞いた話によると、ドロシーさんはなんと無断で救出部隊に紛れ込んで、配置されていたラーマルナの兵の大半を足止めしたらしい。話の内容から、地面の土の粒を『震わせ』て流体化させたのだろうと推察出来た。

 見事な制御力だったと兄は感心して言うが……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る