第124話 聖女は自覚する①

 日常生活に支障が出ることが無く、訓練も自分から入れてかなり派手にやっていたのでもう問題ないだろうと周りに判断され、私はシャルの部屋へと続いている隣の部屋に移る事になった。


 長らく私が寝ていた部屋というのは王家の姫が使われるところだったらしく、本来ならエリーゼ姫がおられるべき場所だったらしい。

 聞いた瞬間焦った。まさかそれが理由でエリーゼ姫がアイリアル侯爵領に留まったのかと危惧したが、それとこれとは話は別ですドロシーさんに否定された。そもそも姫が使われる部屋というのは一つではないのだとか。

 そりゃそうだ。二人姫がいたらどうするんだって話だもんな。


 ほっとしたところで新しい部屋となるところへ向かい、部屋の間取りについての説明を受けた。廊下に続いている前室、そこから居室、その居室の奥に寝室があり、寝室にはこちらにもレストルームがついており、しかもだ、なんと驚いた事に浴室があった。

 日本式の洗い場にはわざわざ鏡もつけてあって、浴槽も足を伸ばせる程に広い。


 レティーナである。

 これは絶対に我が女神、レティーナ様の御業である。

 風呂の構想を話した事があるのは彼女しかいないのだ。

 それを見た瞬間、その場に跪いて祈りを捧げたい衝動を耐えるのが大変だった。


 警護についていてくれたレティーナは口元に手を当てて肩を震わせていた。基本的に彼女は私のプライバシーを慮って読む事は無いのだが、たぶんものすごく簡単に『読め』てしまう程思考がそれ一色だったのだろう。


 いや、読まずとも伝わってたかも。しばらくその場を動けなかったから……


 今までドロシーさんやアデリーナさん、友人たちや、辺境伯領から送られてきた助っ人を中心として王宮の清潔に対する意識が徐々に変わりつつあると聞いていたから、そう遠くないうちにお風呂も受け入れられるかもなんて思っていたのに……


 もうレティーナに足向けて寝れない……


 その後、夜にどうとかと何か説明を聞いた気がするが完全に上の空だった。

 周りにもそれはバレバレだったようで、ここのところみっちりスケジュールが詰まっていたから偶には休息をという事なのか、いつの間にか予定を空けられて部屋でぼんやりお茶をいただいていた。


 夕食も早めにいただいて念願の、念願の湯船に浸かった時には(ちゃんと身体は洗った。そこは元日本人なので。石鹸と、シャンプーとコンディショナーもガラス瓶に入って準備されていたのには度肝を抜かされた。前に一度出しただけのアレを再現されるとは……)思わずおっさんのような声が出てしまった。

 すぐにハッとして念のためと浴室のドアの外に待機しているドロシーさんの様子を伺ったら、ちょっと笑っていてとても恥ずかしい……


「これはレティーナ様と、それから殿下が考えられたものですよ」


 ドアの向こうからドロシーさんが教えてくれた。


 シャルが?

 レティーナはそうだと思っていたが……


「大変な思いをされたリーンスノー様に、何か喜ぶ事をしたいとおっしゃられてレティーナ様が進言されたんです」

「……そう…だったんですか」


 そんな事を……どうしよう……とんでもなく嬉しい……

 って、またピカピカ出たし……ほんとこの精霊ってのは何でこんなに頻繁に出てくるのかね……特に害はないからいいけど……


 青や緑、ピンクに黄色と可愛らしい色を躍らせながら消えていく精霊。

 ぽかぽかと身体が温まるのを感じながらぼんやり見ていると、ちょっと逆上せそうになった。

 いかんいかんと身体を起こして立ち上がるとちょっとふらついた。

 久しぶりのお風呂の感覚だったが、この身体では初めての経験だ。気をつけないとだなと思いながら用意されていたタオルをで拭いて布で包まれた着替えに手を掛けたところで固まった。


 ………何故、こんなものが。


 この世界には無い筈のものがそこにあった。


 少なくとも、私はこの世界にこれがあるとは知らない。聞いた事もない。もしかしてあったのか?


「ドロシー…これを、着るのですか?」


 何かの手違いかと思い尋ねる。


「レティーナ様がネセリス様とご用意されたそうです。何か問題がございましたか?」


 ……女神よ…あなただったのか。


「いえ……問題というか」


 問題しかないというか。


 そりゃ学園に居た時はさんざん私で加護の訓練してたから、話しながらでも常時読めるようにとかいろんな事やってたから……


 学園の友人達との話の中で、将来結婚したときのそっちの話をした事はあった。

 やっぱり年頃の女の子というのはそういう事が気になる――というか貴族だと子が出来るかどうかとか、何事にも家が絡むので真剣なのだ。やばい相手に当たったらどうしたらいいのかとかやる気がない相手をその気にさせるにはとか割と生々しい会話が繰り広げられていた。基本的に貴族女性は黙って受け入れるのが暗黙の了解なので、その時、まぁこっちの世界の下着って視覚的に影響を与えるものが少ないから女性側の手数が少ないもんなぁと思い、可愛いタイプの下着があればいいのにねと言った記憶はある。そしてその時、いろいろあったよなと前世のそういうランジェリー的なものを思い浮かべた記憶も。


 というかレティーナ、もしかして私に前世の記憶がある事も気づいているんじゃないか?何も言わないけど。


 えー……意識を戻そう。ちょっと現実逃避してしまったが、そこにあるのは所謂、えー夜の下着と言えばいいのか?

 いやあんまり下着の意味合いを成してないんだけど、分類的にはそれって事で……


「ドロシーは、これ……見ました?」

「いいえ。まだ企画段階の商品なので内密にして欲しいとネセリス様から御伝言を受け取りましたので」


 義理堅い。見なけりゃ洩しようがないもんな。……そうか。見てないのか。


 というか、これを用意されるって事はそういう事か。落ち着いたらとか言ってたけど、落ち着いたっけ?

 スケジュールは相変わらずパンパンだし、顔を合わせない日もあるぐらいなのだが……これが王族の普通?……かもなぁ。忙しそうだもんなぁ。

 ………で、これか。


 …………。


 ま、いっか。こういうのを着てた方がいいかもしれないしな。胸ないし。……逆に萎えるとかないよな?大丈夫か?


 そういや夜がどうのとか言ってたような?……これだったか。うーん……行為自体はいいのだが……先にちゃんと話しておかないとだな……


 着た事も触った事もないそれを、たぶんこうか?と思いつつ身につけ上からガウンを羽織る。


 温められた王宮の部屋だとそれぐらいで全然寒くないので平気だ。

 ドロシーさんは私の髪を魔法で乾かして身だしなみを整えてくれると早々に下がってしまい、一人ポツンと部屋のソファに腰かける。


 ベッドに入ったらそのまま寝落ちしそうなので、テーブルに置かれていた果実酒を割ったもの(こちらの世界では十四歳頃から飲酒可。地方によっては子供の時から薄めたものを水代わりに飲んでいる)を口に含みながら待つことしばし。


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