第111話 夢の中③

 勝手に封じたと言われ、思わず身を乗り出せば平気平気と手を振られた。


「もともと本人の意識には上らない潜在意識の底に沈んだ部分のものだから。人格に影響は出ない」


 それなら大丈夫か……と思いかけ、まてよと思う。


「フィジー、リーンは前世は違う世界で生きたと言っていた。完全に前世は覚えている風だったぞ。その時の記憶も消したら影響があるのではないのか?」


 指摘すれば、フィジーはバツが悪そうに頭を掻いた。


「あー……うん。そこはなんていうか、記憶を完全に消したら違和感が出るからふわっとさせといた」


 ふわっと。って、なんだ。


「それもな、たぶん強引にこっちに引っ張ってきた影響が出たんだと思うんだよ……いやぁほんとレリアには申し訳ない」

「お前……」

「とにかく!」


 ちょっと雑なんじゃないのか、と言おうとしたら遮られた。


「そういう事だから、レリア――じゃない、リーンスノーが目覚めたら今までと反応が違う事があると思う。だけどそれはそれが原因だから、リーンスノーが変になったとかそういうんじゃないからなってのを言いたかったの! むしろ素の状態に近くなっただけだから!」


 無理やり話を切り上げるように声を張り上げるフィジー。

 なんとも本当に人間臭い反応を見せる精霊に、これまで畏怖の念を抱いていたのが馬鹿らしくなるような気さえする。その存在自体は人にとって必要だろうとは思うが、別に崇拝する相手ではないというか。


「その話を出すために長々と話したのか」

「あ、そっちはもちろん前振りって意味もあったけど、どっちかっていうと本当のところを知ってる人間をもう少し増やした方がいいかなって。

 俺もいつでも姿を現せられるって確約できないし、それなら複数勢力が事実を知っていた方がいざという時にどっちかが頑張るかなーと」


 なるほど。そういう考え方はわからないでもない。

 やたらめったらと広める話ではないと思うが、教会を一方とするとなら王家がもう一方で記憶しておくというのはそう悪い話ではないように思う。というか、本来ならレウス王からその話が伝わっていなければおかしいぐらいの話だ。


「あ、話した方がいいと思う奴がいたら今の話を話してもいいぞ。お前なら変な奴には言わないだろ」

「いいのか?」

「あぁ。あ、でもリーンスノーには出来ればしばらく伏せといて欲しいかなぁ……」

「何故だ?」


 フィジーはちょっと困った顔で頬を掻いた。


「巫女の中にはさ、自覚する事で恥ずかしがって気持ちを抑え込む奴がいたんだよ。だから今精霊界の方で出待ちしてる奴らが出て来れるまでは、そのままでいて欲しいなぁって……ま。これは俺たちの方の都合だからお前が話したいと思えば話しちゃっていいよ」


 そういう事か……

 ……まぁ、しばらくならば黙っていてもいいか……?


「お前の方からは何か質問あるか? 協力してもらう手前、疑問があれば答えるぞ」


 疑問……疑問か……


「……精霊が消えていったために今はその力が無くなっていると聞いたのだがフィジーにも寿命があるのか?」

「あるような、ないような?」


 煮え切らない答えに訝しめば、フィジーは肩を竦めて見せた。


「人間とはちょっと違うんだよ。こっちの世界に飽きたら死んで精霊界に戻るからさ。今頃飽きて戻った奴ら後悔してるだろうな」

「それは死ではないと思うが」

「あぁうん。厳密に言うと消滅ってのもあるんだけど、それは存在する事に飽きた奴が取る手段。向こうでこっちに来れないからってその手段を取ってる奴もいるかもな」

「……では、本当に数を減らしている可能性があるのか」

「あるけどまぁ、いつの間にか増えてるし問題ないさ」


 増えて……。そんな水辺の藻が増えるみたいな言い方……


「他には?」

「他………」

「思いつかないか。んじゃあまた今度かな」

「また会えるのか?」


 一度きりの接触だと思っていたので訊き返せば肩を竦められた。


「夢でなら比較的簡単にな。俺まだ死ぬ予定ないし。ほら、レリアに頼まれたこちらに来る精霊との通訳っていうの? 人間の流儀とかを教えるとかまぁいろいろ仕事があるからいつでもってわけにはいかないけど」

「ジェンス男爵には出てこれないと言っていたが」

「あれは肉体を伴って出るのはまだ出来ないって意味。でもあっちの人間はほら、俺たちをなんか特別視し過ぎてるから接触するのが面倒くさいんだよ。変に解釈したがるし」


 あれどうにかならんのかね?と本当に人間臭くぶつぶつ言うフィジーに笑ってしまう。

 精霊教会の人間であればそれは致し方がない反応だろう。


「さーて、と。疑問が無いようならこれで話そうと思ってた事は話したし……直にリーンスノーも目覚めるが」


 目の前に手を差し出され、何だろうと見ているともう片方の手で手を取られ握られた。握手がしたかったのか?


「お前の名前は?」

「リシャールだが」

「そうか。リシャールの魂もかなり強いんだぞ。女だったらきっと巫女になれただろうな」

「男だとなれないのか?」

「なれないように決められた。人間の男は種族的に一人を愛するって事が難しい生き物なんだろ? なんか同時に複数を愛するっていうのがちょっと俺たちへ与える影響としてはよろしくなくってさ。あ、それは多くの種を残そうとする生物としての本能があるからってのは理解してるぞ。一人だけを愛する奴もいるってのも知ってる。安全をとっての対策だから気にするな」


 一瞬反発した私の心に気づいたのか、笑みを浮かべて首を振るフィジー。

 握った手を離し、近くに生えている木へと近づくとこちらを振り返った。


「それにしても良かったな」

「?」

「レリアの旦那、今度は――だったからさ。あいつが相手だとリシャールには分が悪かったと思って」


 ―――え。


「じゃあな」


 何か言う前にざあっと風が巻き起こり薄い色の花が散って視界を覆った。

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