第三章 女神の再来と
第112話 聖女は目が覚める①
痛い……なんだか…ものすごくあちこちが痛い。
インフルエンザになって関節が痛かったのに似ているような気がする。
うっすらと目を開けると、白い天蓋が目に入った。
小鳥の刺繍まで入っている総レースっぽいそれに綺麗だなと思う前にお値段おいくらだろうと無意識に思ってしまう貧乏性。
なんか、この状況前にもあったな……
身体を動かそうとすると、ぎっしぎしで重いし軋むし筋肉痛みたいな感じもして何重苦だと呻く。
「……リーン?」
近くで声がして、顔だけそちらに向ければシャルがいた。
なんかちょっとやつれたようにも見えるシャルは前髪が変な風に跳ねた寝ぐせ付きで、驚いたように目を大きくしていた。
「お…は………」
おはようと言おうとしたら喉がガビガビで出なかった。
慌てたようにシャルが水差しからコップに水を入れてくれるが、さすがに寝たままでは飲めずなんとか起きようともがく。
それに気づいたシャルはわたわたと支え起こしてくれて背中にクッションを差し込んでくれた。ありがたい。助かります。
「眩暈は? 吐き気は?」
心配そうなその顔に大丈夫と声が出ないので笑う。
支えられながら水を飲ませてもらい、なんとか人心地。喉がマシになった。
「……えー……と、ここは」
ちょっと記憶が飛んでいるのか、何がどうなっているのか……
「王宮だ。大丈夫、何も心配はいらない」
王宮?
「………何がどうなって」
確かラーマルナと思われる人に連れてかれて、逃げて……逃げて……
「あ……そうか。助けてもらったんだ。あー……そうだった。申し訳ありません。危なくなったら逃げると言っておいてあのザマとは……本当にお手数をお掛けしました」
頭を下げられず軽く首を曲げて視線を伏せるしか出来ない私に、シャルは違うと首を振って項垂れた。
「リーンのせいではない。こちらの不手際だ。ラーマルナの動きを察知できなかった。すまない……」
そのまま地の底までめり込みそうな、とんでもなく責任を感じていそうな悲壮な様子に真面目——いや、優しいのだなぁと苦笑する。
苦笑、の筈だったのだが、
「く……ふ、ふふ……」
「……リーン?」
「す、すみません、ちょっと自分でも…よく、わからなくて」
何で笑いが出たのか自分でもわからない。
とんでもない目にあって、結構怖い経験をして、文字通り死にそうになったと思うのだが………なんというか、よくわからないが、胸の辺りがふわふわと暖かいもので包まれるような気がして、むくむくと笑いが生まれてきて。
ぽかんとした顔のシャルに気づいて、いかんいかんと止めようとするが、なかなか止まらない。シャルからしてみれば意味がわからないだろうから、ふーと息を吐いてなんとか収めた。
それから気になっていた事を訊いてみる。
「ところで確認したいんですけど、あれって辺境伯様の計画――」
「ではない! レティーナに確認させたが間違いなく誤算だった!」
あ。そうなんだ。
もしそうだったらどうしてくれようかと思っていたけどそれならしょうがないか。
というか、レティーナに確認させたって、それ『読ん』だって事?あのお人を相手に?えらく度胸の要る事をやったな。
「だが、リーンを危険に晒した責任はある……」
ん?
断固とした言い方になにか不穏な気配を感じた。
「リーンが望めばディートハルトは息子に爵位を譲って蟄居するつもりだ」
「は!?」
何故に!?
「もし、聖女を開戦の口実に使ったあげく死なせそうになったなどと世間に広まればその程度の罰では済まない。民が納得しない」
いやいやいや。まてまて。落ち着け。
「という事はバレてはいないという事でしょう? では構わないのでは?」
「いいのか?」
「いいのかも何も、そもそも危険がある事は理解していましたよ。まさかあんな事になるとは思いませんでしたけど、でもそれは辺境伯様だって同じだったという事でしょう? それに、ええと、今どういう状況なのかわからないですけど、辺境伯様という大きな駒がそんな事になったら国内のとっちらかっているであろう状況はどうするんですか? あの宰相、亡くなられましたよね? 政務が滞りまくってません? 派閥とかぐちゃぐちゃになってたりとか、別の人が台頭してきたりとか、あ、それより城下は? 放火された筈で―――」
何をやってるんだという気持ちで言葉を連ねていると、途中で目の前が暗くなってキーンという耳鳴りがした。
「――ン!?」
次に視界に色が戻ったら、大きな手で顔を挟まれ覗き込まれていた。
あの時と同じで息がかかるほどの距離に、瞬間的に身体が硬直した。
「大丈夫か!?」
「だ、大丈夫です」
「本当か?」
なんか加護を使われているような感じがするが、ただの貧血みたいなものだと思う。身体の感覚からして、また眠りこけていたのだろうところで起きてそのままべらべらしゃべって興奮したから。
な……なので、あの、ちょっと…離してもらえませんか……ね。
心配してくれているのはわかるんだが、落ち着かないというか、妙に心拍数が上がっていくというか……
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