第110話 夢の中②

 目眩を感じて額を抑えるが、こちらを気にせずフィザーは続ける。


「なんだっけ? 悪魔とか化け物とか、そういう風に言われて命からがら逃げのびた先がここで、水もない、作物は育たない、狩る物も少ない、そんな土地でどうにか生き延びようとレリアがマナを生み出す俺たちを呼び出したんだ」

「まな?」

「お前達が魔力って呼んでるもの、なんだけど」


 そこで止めて、くくくと笑うフィザー。


「生み出すとか言うけど、人間風に言えば老廃物だ」


 老廃物……。


 何とも言えない顔になってしまった私をフィザーはニヤニヤと眺めていた。その目は作り物めいているくせに随分と人間臭い表情をしている。


「びっくり?」

「……あぁ、まぁ……驚いたが」

「俺たちは精神体の生き物で、人間とかの揺れ幅のある感情ってのが飯になるんだ。

 故郷である精霊界っていうのは精神体がただ存在しているだけのほっとんど揺らぎもなにもないところで、当然糧となるものなんてものもほっっっとんど無くて、存在として成長する事がない平坦な世界なんだよ」


 説明されても想像が出来ないが、力説するぐらいには平坦なのだろうと相槌をうっておく。


「そんな中に突然輝くような揺らぎが生まれてふらふら誘われていったらこの物質界だったんだ。そこで出会ったのがレリア。

 レリアの能力ってのは『呼ぶ』ってものでな。苦境を打破する存在を呼び出した結果が俺たちだったんだ。人間から見たら何もないところから俺たちが現れたもんだから生み出したーなんて言ってるけど。

 そんでレウスが俺たちがどういう存在なのか『視て』、それでこちらの世界に呼び出す条件として俺たちが糧にする感情を愛に限定したんだ」

「……あい」

「そ、愛。実際に限定したのはレリアの従兄の『許す』って力を持ったウヌースって奴で、レリアの『呼ぶ』って力を未来へと繋いだのは『繋ぐ』って力を持ったエメラっていう子供だ。

 何で限定したのかってのは、糧に影響されて俺たちが変容するのを恐れたからだな。俺は呼び出された時にレリアに最初に接触して愛を食べたからこんなんだけど、実は他にもいて別の奴に接触して妬みを食べた奴が暴れちゃってさ。こりゃーまずいってそうなったわけ」


 おそらく建国神話なのだろうが、酷く軽く語られて余計に想像が出来ない…… 


 綺麗な顔をして両手を上げてガオーと人間を襲う?真似をしているフィジーに微妙な視線を送ってしまう。


「って事で、俺らからするともう愛って感情の揺らぎが輝いて見えるわけよ。

 精霊界からもそれを目印にしてこっちに来るんだけど、さて問題だ。どうしてこっちに来るのに人間が言うところの巫女って存在が必要になるのでしょーか?」


 唐突に質問され、沈黙する。

 そんな事を訊かれてもわからないのだが。


「ヒント。

 俺たちは精神体でどんだけ低位の存在でも人間のそれよりもかなり強烈なエネルギーを持ってる。それが普通の人間を目印にして突っ込んだら、その人間はどうなるでしょー?」


 指を一本立てて、振って見せるフィジー。


「………被害を、受ける?」

「あたり!」


 ぴんぽーん!とどこからか音が鳴り響き、びくっとした。


「あ、悪い。レリアのいた世界でちょっと彷徨っていろいろ遊……見てたからついついノリがそっちになっちゃって」


 ……のり?


「えー……こほん。どうなるかっていうと、人間の中でもちょーーっと強めの魂じゃないと壊れちゃうんだな。これが。

 だから一定以上の強度を持った魂に限定された結果、なっかなかその魂が出てこなくって、出てきてもなーんか人間達はそういう魂が気になるのかつつきたがって困らすし、挙げ句の果てによくわからんルール作って困ってるのに放置するし、そんなわけで今こんな事になっているってわけ」


 はぁ……そうなのか、としか言いようが無いのだが。だが、聞いていてもしやと思った事もあった。


「……では、あの時レリアの魂を探してきたと言ったのはその強度が――」


 フィジーはパチンと指を鳴らしてこちらを指さした。


「あたり。レリアの魂はむちゃくちゃ強度が高い。それこそ俺みたいに精霊が入り込んで居座っても余裕で耐える魂だ。だからこの停滞した状態で精霊をこっちに呼んだ場合、我先にと殺到されても問題ないわけ」

「な、なるほど……?」

「でな、こっからが本題」


 本題?


「少し話したと思うんだが……レリアの魂にもしもの時にって俺が目印刻んじゃったって奴。その影響でレリアって今までの生を無意識に覚えちゃってるんだよ。だからいろいろな経験を積み重ねていってしまって感情の揺れ幅が少なくなっちゃって……まさかこんな事になるとは思って無かったんだけど」

「……それだと、その精霊界?からの目印としては微妙という事なのではないのか?」


 今までの話の流れで考えて訊けば、へにょっと眉が垂れた。


「そうなんだよ~。もう目印は外したからこれから重ねる事はないんだけど、もう重ねちゃったところは無かった事には出来なくてさぁ……」


 頭を抱えて両ひざの間に突っ込み、参っちゃったよ~と情けない声を出す。

 それからはぁと溜息をついたかと思うと顔を上げて、綺麗に晴れた青い空を見上げた。


「だからもう俺頑張ってさ、最低限恋や愛に関するところだけは今までの生で重ねた記憶を封じたんだ」

「封じ――まて、そんな事をしてリーンは大丈夫なのか?」


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