第109話 夢の中①

 その後ジェンス男爵は無言で立ち上がり姿を消したかと思ったら、まるで今まで動くに動けなかった鬱憤を晴らすかの如く暴れ回った。


 実際に目にしていないが、周辺で部隊と交戦していたラーマルナの兵が突如発狂したらしい。

 他にも、アイリアル侯爵家のサイアス殿が遭遇したラーマルナの兵が同じよう発狂して同士討ちを始め、私達の後を追っていたらしいディートハルトもドロシーによって地面に沈められていた兵が這い出していたところにかち合い、そのまま発狂するところを目撃した。

 相次いでティルナに届いた知らせを聞いたドミニクが「ははは……やべぇ。父上殿静かにキレてたのか」と言った事で、それがジェンス男爵の仕業だと判明した。

 さらに後でわかった事だが、ラーマルナへと続く国境付近一帯の道が根こそぎひっくり返されて通行出来なくなっており、唯一残った山道にリーンを拐った者達は誘い込まれていたらしい。おそらく迎撃準備をしていたのだろうとドミニクが渇いた笑いを上げながら教えてくれた。

 聞けば男爵は先祖返りと言われる強い力を持つ人物で、この国が出来た頃、つまり今よりも加護も魔法も格段に強い時代の者に相当する実力を持っているらしい。

 だからこそ常時『惑わす』という加護を使用して家族の見た目を変える事が出来、またドミニクが苦手とする離れた場所へ飛ぶという無茶苦茶な事を平然と繰り返す事が出来るのだとか。ドミニクもその力の強さを受け継ぎ、十五歳からリーンの見た目と巫女である事を隠す役目を引き受けてきたそうだが、それでも父親程の事は出来ないと面白くなさそうに語った。

 そんな者がよくあんな昼行燈を演じていたものだと思う。


 そういう事もあって部隊を王都へと戻す事は容易かった。

 ミルネスト領が保有している騎士団もあったのだが、宰相が殺されて指揮系統が混乱し全く動けていなかったので居ないも同然だった。


 途中ディートハルトの部隊と合流して戻った後は、本隊の宿営地で一旦休息を取り、ジェンス男爵の協力で辺境伯領で目を覚ました陛下を王都へと移し機能不全を起こしている国の機関を立て直してもらった。その際、宰相側だった貴族達がディートハルトが介入する事に反発したが、ならば私財を投げうって王都を救ってくれるのか?と問いかけた陛下に封殺された。ある意味、ディートハルトのやり方はそっくりそのままミルネスト侯爵家が過去やったやり方でもあるのだ。力を落とした王家や対抗家を相手にその金銭と実行力でもって実権を奪い取ったそのやり方と。

 それを否定する事は、ミルネスト家の傘下にあった貴族には出来ない。


 私も元々の計画では王位を譲渡されていた筈だったが、結果的に譲位の証文を公表する前でそのままの方が混乱も少なく、落ち着くまではという事で継続して兄上が王位につく事になった。

 そのため上層部が軒並み死亡したという騎士団と魔法省の再建に協力する以外はとりあえず余裕がある状況だった。


「……いつになったら目を覚ましてくれるんだ?」


 ひとまず王宮の機能が回復したところで宿営地から王宮へとリーンを移したが、目を覚ます気配は未だにない。

 王族の住まう奥宮の一室、ジェンス男爵の協力でそれと気づかれぬよう入れた神官達に守られリーンは眠り続けている。

 身体の方は既に治療して問題はないと先生に言われ、『視る』加護を持つドミニクも心配は要らないというからそうなのだろうが、それでもこう何日も目を覚まさないと不安になってしまう。

 

 小さな手をとり、指を絡める。


 細いリーンの指に刻まれた証には、八枚の花弁。

 あの精霊らしきものに言われるまで自覚が無かった。ディートハルトあたりに知られれば盛大に揶揄われる事が容易に想像出来てしまい、考えると呻きそうになる。


 それにしても己の想いが刻まれているという事実に何とも言えないものがあるが、逆に己の指に描かれた七枚の花弁にどうしようもなく喜んでしまうのだから現金なものだ。

 ふとこんな年の離れた少女に我ながらどうなんだと思わないでもないが、だが精神的には年上らしいのでとすぐに開き直る自分もいて、もう精神状態は滅茶苦茶だ。


 ただ今は、指を絡めたままリーンの手を額にあて、どうか早く目覚めてくれと願った。




◇◇◇


 ふと風を感じて目を覚ますと、どこかの丘の上にいた。

 ひらひらと何かが舞っているようで、身体を起こしてみると近くにある木々から白いような薄紅のような、小さな花が風に散って舞っているようだった。


「よ」


 いきなり声をかけられて咄嗟に腰を浮かせれば、横に金色の目の男がいた。


 銀に煌めく髪、白い肌、すじが通った鼻梁から薄い唇に続く整った顔立ち。いい加減リーンの家族の容姿で耐性がついてきたが、その金色の目はどこか人工物めいていて人ならざる者だと直感した。


「ちょっとお前には伝えとかないとと思って呼んだんだ」

「……フィザー?」


 名を口にすれば、男は外見に似合わず人懐っこい笑みを浮かべて嬉しそうに笑った。


「あたり。これが物質界での俺の姿なんだ。

 元の俺はほとんど思考も性格も何もないただのエネルギー体に近いものだからな。実は身体も性格もレウスを真似た結果なんだよ」

「レウスとは、レウス王の事か?」

「あー……そうだな。あいつ人間の世話係みたいな事してたから……うん。今考えれば王をしてたんだろうなと思う」


 懐かしそうに目を細めて言うフィザー。想像していたより、随分と親しみやすい人柄らしい。


「フィザー、ここは……?」

「リーンスノーの心象風景。俺が一番好きなやつだな」

「リーンの?」

「綺麗だろ?」


 確かに……風に吹かれて舞う小さな花が幻想的な美しさだった。

 横に視線を戻せば、同じように眺めて顔を綻ばせているフィザー。ふいに風に揺れるその髪から尖った耳が見えて、意識がそちらに引き寄せられた。


「これが気になるか?」


 尖った耳を引っ張って見せるフィザーに、まぁと答えれば座るように促された。

 

「レリアやレウス、その周りの人間達はこの地の人間達とはちょっと種族が違うんだよ。それぞれが特殊な力を持っていた人間で、レリアは別大陸から迫害を受けて流れてきたって言ってた」

「特殊な力……迫害?」


 聞いた事もない話に訊き返せば、フィザーは軽く肩を竦めた。


「加護とか言ってるあれって元々はお前たち自身の力なんだよ。今は俺たちが出すものと混ざり合って純粋にあの頃の力ってわけじゃないが」


 ――は?!


「人間ってなんか違うところがある奴を排除したがるだろ?」


 だろ?と言われても……確かにそうかもしれないが、それよりもあれが精霊の加護ではないと言う衝撃が……精霊に認められているとか認められていないとか言い合っていたのが……


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