第108話 顕現
「リーン!? リーン!」
くたりと力の抜けた身体に慌てればドミニクが肩を叩いてきた。
「大丈夫だ。寝ただけだ」
「ね…た……?」
「精神的にも肉体的にも限界だったんだよ。大丈夫だから寝かせてやってくれ」
そう……か。良かった……
膝裏に手を入れて身体をそっと抱き上げ、膝の上に乗せればその軽さに落ち着かなくなる。
こんなに軽かったのか……
泥で汚れた顔を袖で拭おうとすると横からハンカチを差し出された。
「ボタンが付いていますから、それでは傷がつきます」
ドロシーの指摘に確かにと受け取り、魔法で濡らしてそっと顔を拭っていく。
パチリ、といきなりリーンの目が開いた。
「あーーーーやっと出られた!」
しかもいきなり起き上がって大きく両手を上げて伸びをした。
唐突な動きに驚いて固まってしまっている内に、リーンはひょいっと立ち上がって自分の身体をあちこち見回していた。
「り、リーン? 大丈夫なのか?」
顔の汚れに気づいてゴシゴシと袖で擦って落としたリーンはいつか見た、衝撃的な本来の顔だった。そして――目が輝くような金色をしていた。
「ん? あぁ、まぁそこの人間がある程度治したんだろ?
まったく、せっかく他の世界にいったレリアを苦労して探し出して連れて来たってのに、人間ってのはなんでこー目立つ魂があると寄ってたかって突こうとするのかね?」
リーンとは明らかに違う言動に身体がこわばった。
「貴様……何者だ」
金の目をしたリーンに、足元から這い上がるような恐怖が蘇り手が震えた。
「リシャール待て。こいつは……」
ぐっと肩を抑えられ、視線を向ければ信じられないものを見るような顔でリーンを凝視しているドミニクが居た。
リーンの中にいる何かはドミニクに気づくと、あっという顔をして破顔した。
「なんだレウス、近くに生まれてたのかよ~。
まぁ姉ちゃん大好きだったもんなぁ。にしても……えー、これは、兄、か? 今度はレリアの兄になったのか。知る方法なんて無い筈なのにお前ら人間ってすごいよな。どうやって魂に縁をひっつけてるんだか本当俺らでもわからんわ」
ははははと笑いながらドミニクの前にしゃがんでポンポンとその頭を叩くリーン。ドミニクはぽかんとした顔のままされるがままだ。
いや待て、レリアにレウス?
……まさかだが、レリア……は、女神レリア? レウスは始祖、レウス王……?
「……原初の精霊」
ぽつりと、誰かが呟いた。
顔を上げて見れば、いつの間にかそこにジェンス男爵が居た。ジェンス男爵もドミニクと同じ顔で呆然としていた。
「人間達にはそう呼ばれてるな。俺としてはレリアがつけてくれたフィザーってのがいいんだけど。なーんかお前ら怖がって呼ばないしさぁ」
リーンがそう返した瞬間、ジェンス男爵はその場に跪いた。
「あぁあぁそういう人間の流儀っていうの? 俺らには関係ないから。奉るってのはお前らが勝手にすればいいけど、俺らに求めても何にもならんからな。基本的に俺ら何も考えてねーし」
面倒くさそうに手を振るリーンに、それでもジェンス男爵は深く頭を下げた。
「巫女を守れなかった事誠に申し訳なく」
「それなー、別に責める気はないけど。
さすがにこれ以上停滞すると精霊界もイライラしてる奴らで一杯になってやばいと思って、やーっと探してきたってのに。このレリアまでやられそうになって肝が冷えたぞ。
勝手にルールとか決めるのは人間の性だって知ってるが、いくらなんでも度が過ぎてるしなぁ。精霊がこっち側に出てくるには幸せ一杯の魂が目印に必要なんだからさー」
「しあわせ、いっぱい」
ぽかんとしていたドミニクが、そのままの顔で呟いた。
リーン――いや、精霊?はそれに気づいて、そうそうと頷いた。
「それ伝えるためにもレリアを連れてきたんだよ。俺が入って平気な魂ってレリアぐらいだったからな。入ったら間違えて閉ざされちゃって、なかなか回復出来なくて焦ったけど……いやそれはいいんだ。失敗は誰しもあるからな。うんうん。
それより言いたいのは、お前ら勘違い激しすぎってこと。
別に巫女の意志は
不意に精霊はこちらを見てにっと笑い、私の前にしゃがんだ。
「お前には感謝してるよ。
レリアの魂は生を刻みまくって精神体としては老成し過ぎててさ、結構無感動になっちゃってて。ま、それも俺が目印刻んだのが原因なんだけど。友愛とか家族に対するものはまだしも、恋とか愛とかそういった一番振れ幅が大きい筈の方面の情動がすっごく動きづらいの。それでもそれを引き出してくれたから、なんとか俺も復活して出てこれた」
ドミニクと同じように頭をぽんぽんと撫でられた。
「レリア、じゃなくて……リーンスノーか。リーンスノーを好きになってくれてありがとうな」
「え、あ……いや……」
すき?
「こいつは相手の感情には敏感なんだ。揺れ幅小さくて、何なら自分でもわかっていないぐらいわかりづらいが、その心をちゃんと受け取って気持ちは動いてるから」
言われて無意識に自分の左手の中指へと視線が落ちた。最初三枚だった花弁が七枚へとなったそれ。
「だけどな、俺たちの事を気にして気負う事は無い。好き嫌いは頭でどうこう出来るもんじゃないって事はもう学んで知ってるから。だから嫌になれば手放してやってくれ。それで次の可能性が芽生えるからさ」
精霊はそう言って立ち上がると改めてジェンス男爵の前に立った。
「いいか、ちゃんと伝えたからな。変な情報追加して曲解すんなよ? 人間っつーのはそういうの大好きだってのは知ってるけど、頼むぞ?」
「はっ。戒めとして残します」
「あいよ。俺は……ま、気が向いたら出てくる事があるかもしれないけど、かなり弱体化してるからしばらくは呼びかけられても出てこれない。以前のように肉体を持つまでにはまだまだかかるだろうしな。あと面倒くさいし。
じゃあまぁ、そう言う事で」
軽く手を上げた精霊は私のところへと戻ってくると再び元の姿勢に戻りそのまま目を閉じた。その瞬間くたりと力を失った身体を慌てて支える。
後に残ったのは、大多数が呆然とした顔の――レンジェルはティルナによって地面に押し倒され、レティーナに口を塞がれつつ目を輝かせていた――者達で……
「………ドミニク」
「聞くな。見たままだ。俺もそれ以上わからん」
理解を超えた存在の出現に束の間固まってしまっていた。
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