第106話 奪還⑦

「もうちょいだ―――抜けるぞ!」


 ドミニクの声に合わせて、木々が晴れた。


 後方を確認すれば、最後尾が抜けた後少しの間を開けていくつもの明かりが木々の間から飛び出してきた。


「震え震え、全てを沈め地に返さんと我願う!」


 ドロシーの詠唱に似た言葉が大きく響き渡った直後、ずずっと何かが蠢いた。

 同時に追いすがっていた明かりが全てその場に縫い留められ、馬の嘶きや叫び声が上がった。

 そこから――離れていく後方一帯から、ただの一人も追いすがって来る者はいなかった。


「くははっ! すげえな! 理論上出来るってのは知ってたけど、本当にやる奴は初めて見たぞ!」


 先頭で口を開けて笑うドミニクは何が起きたのかわかったらしい。


「なんだあれは」

「後で教えてやる! それより先だ! さっきの嬢ちゃんこっちにこい!」


 風魔法でも使ったのか、ドミニクの声がハッキリと聞こえた。

 それは後方にいる筈のドロシーに聞かせるためだったのだろう。ほどなくしてドロシーがこちらへと速度を上げて来てドミニクの斜め後ろについた。


「まだいけるか?」

「あと一回いけます!」

「そりゃ重畳! 俺の合図でやれるか?」

「もちろんです!」


 打てば響くドロシーの返答によっしゃとドミニクは笑って前方を向いた。


「リシャール! 方角は間違ってないな!」


 ドミニクに言われてハッとして確認する。大丈夫、このまま真っ直ぐだ。


「合っている!」

「あいよ! じゃあやっぱりあと一回はぶつかる! ラーマルナが拠点にしてる砦が近い! 見つからず避けるには遠回りになる!」


 何故そんな事を知っているのか。という事はもはやドミニクだからという事で考えない。後ろに教会という組織が存在しているのだ。その情報網は一貴族よりもよほど大きいだろう。


「頼むぞ嬢ちゃん!」

「はい!」


 狭い平原を抜けて再び山道へと入ると、ドミニクが言っていた砦というのが遠目にわかった。

 薄い月明りの中、向かいの山の上に明かりの灯された建物が浮かび上がっている。


「嬢ちゃん、前方の砦がわかるか?」

「確認しました!」

「距離があるが、あの砦の周辺一帯をさっきの奴で沈められるか?」

「出来ます!」

「じゃあやってくれ!」


 言うが早いか、ドロシーの詠唱のような言葉が再び響き渡り、前方の砦――いや、山が震えた。

 先ほどよりもはっきりと、ずずずっという地の底から何かが這いずるような異音がして、山が木々を喰っていた。――そうとしか表現できない。まるで沈んでいくように黒々とした山の輪郭が変わっていくのだ。


「駆け抜ける道以外、そのまま維持出来るか?」

「――はっ…い!」


 食いしばった歯の隙間から応えるドロシーに、我に返りドロシーに対しても『整える』を使う。


「ドロシー! 補助する!」


 『整える』という加護は、相手が受け入れる気持ちがあると強く働く。それはリーンと加護の特性を研究している時に発見した事だ。

 こちらを見たドロシーが一瞬驚いた顔をしたが、するりとこちらの加護が受け入れられると、すぐに表情を引き締めて前方を向いて声を張り上げた。


「ありがとうございます! いけます!」


 変貌した山中に突入して、何が起きたのかやっとわかった。

 本当に地面が木々も人も砦も何もかもを飲み込んでいたのだ。

 腹まで埋まって藻掻いている兵たちはまるで底なし沼に嵌ったそれのようであったが、私達が駆ける道は至って普通の地面。これら全てを成しているのがドロシーだというのなら、足手まといなどと……とんでもなかった……


「あははっこれって第九階相当だよ! ね、レティーナ、とってもビジーだ! クラース以外にも面白いのがいたよ!」


 興奮した声が後方から聞こえてきたが……レンジェルはしっかりとついてきていたらしい。すぐにレティーナに黙らされていたが。

 何を言っているのかさっぱりわからないが、あれで魔法の腕が確かなのだからさぞ魔法省も苦慮した事だろう。


 そうこうするうちに砦のわきをすり抜けるようにして通り過ぎ――!


「ドミニク! 蕾が開き始めた!」

「『駆ける』の奴! 交代だ! 嬢ちゃんももういい! よくやった!」


 ドミニクがドロシーの横につくように下がり、器用にも片手を伸ばしてその頭をガシガシと撫でていた。


 『駆ける』主導の移動に変わり、明らかに速度が衰えたがそれでも通常よりもかなり早い。

 段々と蕾が開いていくのを確認しながら前方に視線を走らせていた時、青い炎が突如として吹き上がった。

 続けて薄い月明りの中にも巨大な杭が浮かび上がり、真下に振り下ろされるのが見えた。二度、三度、と何度も作り出され巨大な杭が振り下ろされる。


 あの下だ――直感した。同時に血の気が引き身体が冷えた。


「リシャール! 俺にありったけ加護をかけてくれ!」


 腰元から魔力回復の小瓶を取り出し呷ったドミニクの叫びに、すぐに複数へとかけていた加護をドミニク一本へと絞る。

 途端、ぐにゃりと視界が一瞬歪んだ。そして吹きあがっていた炎も消えていた。

 見失ったかと思ったが、指し示す方向は間違いなくそのまま真っ直ぐで花が開いていた。


バンッ!!!


 唐突に叩きつけるような破裂音が轟き、暗闇を青白い閃光が切り裂いた。

 それから、


「あ゛あ゛あ゛あ゛―――」


 引き攣ったような悲鳴が聞こえて近いと思った時、前方に誰かの放った照明魔法が弾け――馬乗りにされたリーンが、何かで串刺し…に……!?


「グレイグ!! 飛べ!!!」

「応!!」


 ドミニクとグレイグの声が聞こえた瞬間、石柱のような魔法に弾き飛ばされ飛んでいくグレイグが見え、気づいた男が迎撃姿勢を取る前にそのままぶつかって吹き飛ばした。

 その後を追うように先行したドミニクが馬を乗り捨てリーンに駆け寄る。


「ケルン! 周囲に陣を敷き敵を近づけるな!」

「はっ!」

「メティール来い!」

「はっ!」


 ドミニクに遅れて馬を飛び降り、駆けよれば――


「リーン! おい! しっかりしろ!」


 掠れた悲鳴がだんだん小さくなっていき、リーンは……虚ろな目をしていた…


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