第105話 奪還⑥

 三頭の馬が並走する形で――真ん中の馬の手綱を両サイドの騎手も掴んでいるという変な構成で、到着するなり真ん中に乗っていた馬から少女が同乗者によって引きずり降ろされた。


「さあさあ我が祖を同じくする血脈をわけた片割れを連れてきてやったぞ!

 目の前にクラースと思しきミンジュの宝石とウィーネを合わせた昇華があるのも放置してだ! 早くやってくれないかな!? これでクラースを確保できるんだろう!?」


 わあわあと喚く茶色い頭の青年と、その青年に引きずられてぐったりしている小柄な少女は、よく見れば似ている顔をしていた。


「レンジェル! あなたクリス様をこんな格好で連れてきたのですか!?」


 レティーナが馬から飛び降りてふらふらとしている少女を青年から引き剥がすと乱れたドレスを手早く直して抱きしめた。


「申し訳ない…こちらの方に押し通され」


 両サイドで馬を引っ張って?いた教会兵がドミニクに馬に括り付けていた包みを手渡しながら、若干目を逸らし謝っている。だが青年の方は全く気にした様子は無く尚も興奮した様子で口を開き、


「御託は結構です。クラースが大事なら今はガリンジのごとく無言を貫いてなさい」

 

 冷たく言い放ったレティーナに、青年はパクンとそのまま口を閉じた。


「団長、こちらがクリス・アーヴァイン様です。あっちは無視してください。煩いだけなので」


 レティーナの冷え切った目に半ば押されるように頷き、馬を降りて支えられている少女の前に立つ。


「突然の協力要請に応えてくれた事、感謝する」

「お、おそれ、いります。――お初にお目にかかります。アーヴァイン家が長女、クリス・アーヴァインでございます。あの、物を送るという事ですが何を送れば」


 よろよろと、けれど息を整えて早口で言い、急いでいる事を理解していくれているのか早々に本題へと入ってくれる。

 私は聡い少女の前にカメオを出した。


「これをリーンに送ってくれるか」


 少女はカメオを受け取ると、鎖についた血に気づき一瞬目を見張って手を震わせたが、黙って頷いて小さな手でそれを包み込み祈るように胸に抱えて目を閉じた。

 微かな光がその手から漏れると、少女はほぅと息を吐いて目を開けた。


「送りました。リーンお姉さまの手の中にある筈です」

「ありがとう。ドミニク」

「おう、お前もペンダントを持って連れていけと願え」


 言われた通り首から鎖を引いて出して手のひらに乗せ握り、リーンの姿を思い浮かべ連れていってほしいと祈った。

 その瞬間手のひらが微かに鳴動し、握った手のひらをすり抜けるようにして蔦のような幻が伸びてきて指で指し示すように折れ曲がると蕾をつけた。


「やっぱり王都には居ないな。距離も結構開いてるぞ。

 『繋げる』の加護持ちは『広げる』と俺を繋げてくれ」

「承知しました」

「『広げる』は――」

「加護を広げれば宜しいのですね」

「おう。その通り。

 リシャールは方向が間違っていないか確認していてくれ。蕾が開き始めると近い証拠だから。あと補助よろしく」

「わかった。ティルナ、ディートハルトにラーマルナは包囲を抜けているためこちらで追うと伝えろ」

「はっ」

「それと文句は聞き流せ。ただし位置情報は都度伝えろ」

「了解です!」


 付け加えた言葉にティルナはいい笑顔で返事をした。

 その様子から待ったが入ったのだとわかるが、いいかげん時間が惜しい。馬に跨り、馬首を巡らして隊列を揃えいいぞとドミニクに合図。


 ドミニクは頷いて馬を走らせた。

 そこに並走する形で『繋げる』と『広げる』の加護持ち、そしてその後ろに私と部隊とが続き駆ける。


 最初は気づかなかったが、しばらくするとドミニクが言っていた道を惑わせるという意味がなんとなくわかった。

 前方の足元を照らしているだけなので暗くてわかりづらいのだが、横を過ぎる景色が異常な程後方へと流れていくのだ。そちらを見ていると頭がおかしくなりそうな程、景色が飛んで消えていく。


 山道に入ったところでドミニクが叫んだ。


「前方に伏兵! このまま突っ切る!」

「防壁展開!」


 その声にケルンが反応し、魔法班と『遮る』の加護持ちに防壁を命じた。

 直後、矢を射る風切り音が馬の足音に紛れて幾重にも重なった。

 それらは全て弾かれ、またこちらの速度を補足しきれないのかすぐに攻撃が後方からのものに変わった。

 

 このまま振り切れるかと思ったが、この速度に追いすがってきたのが馬の足音でわかった。


「ちっ……加護じゃなくて魔法でなんか細工してやがるな……

 リシャール! 一旦山を抜けたら迎え撃つ! 俺が混乱させるから頼むぞ!」

「わかった! ケルンいいな!」

「了解です!」

「お待ちください!」


 聞きなれない女の声に、視線を向ければケルンの斜め後方の団員……じゃない、ドロシー!?


「迎え撃たず、そのまま走り抜けてください! 私が足を止めます!」


 騎士服を着こんだドロシーは馬を操り唖然としているケルンの横をすり抜け、ドミニクの後ろに付けた。


「私の加護は『震わす』です! この大地を震わせますから、このまま!」


 ちらっとドロシーを見たドミニクは束の間沈黙したが、すぐにハハッと笑った。


「いいだろう! あんたの実力は十分あると視た! お手並み拝見といこうじゃないか!」

「ドミニク!?」

「駄目でも後を引き継げばいいだけだろ?」


 本気かと問えばあっさりとした返答に、それもそうかとこちらまで思わされてしまった。

 ドロシーは想像以上に馬の扱いが上手く、列を乱さないように少しずつ下がると、一瞬私と視線が合い申し訳なさそうに頭を下げてすぐに最後尾へと下がっていった。


「ケルン! 不始末は後だ、駄目だった場合の迎撃の準備を!」

「はっ!」


 本来、団員でない者を紛れさせるなどあってはならない。

 だが今はそれを叱責している暇が無い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る