第104話 奪還⑤

 離れの前に出ると騎乗状態で待機した団員を確認し、馬に跨る。


「ああ!? ドミニク!?」


 と、いきなり大声を出したのは――


「あ。グレイグ」


 ケルンの指導の成果か列から出る事は無かったが、グレイグは思い切りドミニクを指差し口を開けていた。


「そっか、お前こっちに居るんだったな。忘れてた」

「お前どこほっつき歩いてたんだよ、今リーンが大変なんだぞ!?」

「あー知ってる知ってる。いいから今は黙って着いてこい」

「なんだよどう言う事だよ――」

「グレイグ!!」


 ケルンの怒声に即座に背筋を伸ばすグレイグ。


「私語は慎め!」

「申し訳ありません!」


 反射で返しているのだろう。何も考えていなさそうな顔で叫んでいる。

 ドミニクの方はこちらに片手を上げて、すまんと口を動かしていた。 

 グレイグのあの性格は知っているので首を振り、部隊の前に向き直る。


「これより王都へと移動を開始する。

 司祭ハンネス殿の加護の力によって輪が出現するので、その中へ駆けるように」

「はっ!」


 軽装鎧で身を固めたケルンが間髪入れず応答し、それに後ろの団員も続いた。


「ハンネス殿」

「はい。いきます」


 声を掛ければハンネス殿は両手を広げた。その直後、ハンネス殿の前に小さな歪のような黒い点が生まれ、一瞬にして大人二人分の高さの不透明な輪に広がった。


「どうぞお通りください、ご武運を」

「行くぞ!」


 手綱を引き、腹を蹴って駆けさせる。

 不透明な輪を潜る瞬間は、何か温い水の膜を抜けたような感覚があったが、すぐに視界が開けて何もない草原へと出ていた。


 後ろから続けて出てくる様子に馬を走らせ場所を開け、邪魔にならないよう誘導すれば、無事に全員出て来られたようだ。

 最後の一人が出てきたところで輪は引き締まるように小さくなり、ぷつりと途絶えて消えた。


「よっしゃローファル、向こうも呼んでくれ」

「はい」


 ドミニクが離れたところで学園から人を呼び寄せようとしているのを視界の端に捕らえつつも、意識が王都に吸い寄せられた。


「団長」


 ケルンが馬を寄せた。その視線も王都へと向けられ団員もみな同じく王都へと向けられていた。赤に染まる王都へ。

 そして、その赤の中から咲き誇るようにいくつも噴き上がる水しぶきへと。


「あれは……」


 呟いたとき、カッと頭上で白色の光が弾けた。

 日が落ちた昏い空に煌々と輝いた照明魔法に、思わず見上げる。


「リシャール、ちょっと向こうの位置がずれた。すぐにこっち来るからちょっと待ってくれ」


 照明魔法を打ち上げたらしいドミニクの言葉に、了承を返しティルナを呼ぶ。


「こちらに到着した事をディートハルトに伝え、王都の状況を聞いてくれ。相手はわかるか?」

「大丈夫です。全員に伝えられますから」


 集中するためか片耳に手を当てて視線を上げるティルナ。


「―――――包囲は完了したようですが、あちこちで火が放たれたようでそれの対処にあたっているようです。本来動く筈の王立騎士団と魔法省が軒並み機能不全に陥っているようで、唯一動いている治安維持部隊と連携していると。今は一部包囲を解いて住民を急遽作った避難区域に流しているところだと」

「ラーマルナと思しき一団は見つかっていないのだな?」

「はい」

「避難は進められそうか」

「―――はい。我々がそちらに回る必要は無いと。あの水魔法が火が上がる先々で地面から噴きあがって延焼を防ぎ、道を開いてくれているそうです」


 横にドミニクがゆっくりと轡を並べると、困ったような顔で王都を見遣った。


「あの馬鹿……あんな子供だましの水花をここまででかくしやがって……」


 夜に足を踏み入れた暗がりの中、炎の赤に照らされながらも光を弾く水の花は勢いを衰えさせる事なく咲き乱れている。何をどうやったらあんなものを出せるのか皆目見当もつかないが、そういう事なのだろう。魔法技術の高さに驚かされたのはこれで何度目か……


「ボケッとしてる暇も勿体ないな。『繋げる』の加護持ちはいるか?」


 ドミニクの声に意識を引き戻され、こちらも頭を切り替える。

 

「ああ『駆ける』同士を『繋げる』事で隊全体の速度を上げられるからどの部隊にも配置している」

「お。連結技法を習得してるのか。そりゃ重畳。教える手間が省ける。

 んじゃ『均す』と『広げる』ってのはいるか?」

「『広げる』はいるが『均す』はいない」

「なるほど、まぁ『広げる』だけでもいけるっちゃいけるからいいか」

「何をするんだ?」

「俺の『惑わす』で道に細工をするからその効果を隊全体が入るように広げるんだよ。『駆ける』よりかは早く行けるから、ある程度までは俺が先導する。微調整は難しいからリーンに近づいたら『駆ける』に切り替えるって事でよろしく」

「わかった。ケルン」

「了解です」


 後ろに控えていたケルンは部下、特に『駆ける』『繋げる』『広げる』の加護持ちにこれからの方針を説明しそれぞれの負担を考えローテーションを組んで順番を決めていた。


「ドミニク、私も補助した方がいいか?」

「ん? あぁ、リシャールは『整える』だからか。んー……」


 悩むような声を出すドミニクに視線を向ければ、腕を組み首を傾げていた。


「何か問題があるのか?」

「問題っていうか、俺『整える』って加護を知らないんだよ。父上殿も知らないって言ってたから、相当珍しい加護なんだよな。だからあんまりどういう事に使えるのかってのを知らないんだ」

「……そうなのか」


 加護に詳しそうなドミニクにそう言われると、なんだか役立たずのような、過去抱いてきた気持ちが蘇ってくるが――いや、と否定する。


「『整える』は、他の加護を支える力がある。

 コントロールを向上させたり、魔力消費を抑えたり、単体では目立った力は無いが、組み合わせる事で本領を発揮するタイプのものだ」

「へー………なるほどな。それなら頼むわ。俺、道を歪めるのも得意じゃないんだわ」

「ああわかった」


 頷いた時、暗がりの中光を纏った馬が数頭こちらへと駆けてくるのが見えた。


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