第103話 奪還④
「馬で思い出した。リシャール、俺らの分も用意してくれね?」
「問題ない。させている」
「おおさすが。助かるわー」
「ドミニク様、あちらに装備もお願いしていますから合流したら必ず受け取ってくださいね」
「あいよー」
「適当にやれば何とかなると思って無視しないでくださいね」
「わかってるって。今回はさすがに全力で行く気だから」
軽い調子のドミニクに、ハンネス殿はため息をついた。
それからほどなくして、準備が整った事をケルンが知らせに来た。
「ティルナ、レティーナ、お前達の用意もしているから装備を確認してこい」
ケルンの言葉に二人は揃って敬礼し足早に部屋を出た。
それからとケルンは持っていたものをこちらに渡してきた。あぁ、そうか、私も準備しないといけなかったのだな……
今の今まで自分の準備の事に思い至らなかった。
落ち着かないと駄目だなと息を吐き出し、客人の前だが一言断って服を脱ぐ。
それから顔合わせがまだだったと、片手間で悪いが紹介する。
「ケルン、こちらが今回我々を王都へと送ってくれる教会の協力者だ」
「ハンネス様の事でしたか」
穏やかに頭を下げるハンネスにケルンは敬礼を返した。
それからローファル殿とドミニクに目を向けて、教会兵と?と、首を傾げた。
「ローファル殿は教会側の伝令だ。私達の伝令と同じだと思えばいい。こっちはリーンの兄で、ドミニク・ジェンス」
「リーンスノー様の兄君ですか!」
「兄君って柄じゃないから。ドミニクでいいぞ。よろしくな」
軽い調子のドミニクに、はぁとケルンは返してから、慌てて居住まいを正した。
「いえ、妃殿下の兄君ですから」
「そういうのいいから。めんどーだから。
ローファル、あっちは送れそうか?」
「今、学園のあるサウランドに入りました。あと少しで対象を確認できます」
ローファル殿の報告に、あいよとドミニクは返して無言になった。
「……団長、あの」
こそっとケルンがドミニクを見ながら声を潜めてきた。
「そちらの方、本当に妃殿下の兄君で?」
……言いたい事はわかる。リーンを知っていれば、そしてジェンス男爵を知っていれば、このどこか妖艶さを持った美しい男が血縁者だとは俄かには信じがたい。
本当の姿を見ればあぁなるほど親子だなと思うところなのだが。
「間違いなくそうだ。今回の奪還にあたって何かあれば彼の言葉は私の言葉と思って貰って構わない」
「そこまで……失礼いたしました」
頭を下げるケルンに、疑う気持ちもわかると口にはしないが気にするなと肩を叩く。
リーンが生み出した胴着を着ていると、あっとドミニクが声を出した。
「それ」
「?」
「リーンが作った奴だろ。ほら、見た目違うけど俺もこれ」
ぺらっとドミニクが自分の服を捲ってみせると、青みがかった布地が見えた。
「あいつが王に作ってなけりゃ今頃もっとごたついてただろうな」
服を戻しながら言うドミニクに、うん?と疑問がもたげた。
ドミニクは視線を上げて、こちらの疑問に気づいたのか首を傾げた。
「王が着てたの気づかなかった? リーンが作って当日こっそり渡してやったんだよ」
「リーンが?」
「さすがに渡したのは俺だけどな。あいつ部屋から出れなかったし」
「……そうだったのか」
てっきりディートハルトが手を回したのかと思っていた。
ドミニクは何故か苦笑いを浮かべて普通そうなので良かったわと変な事を呟いているが……そういえばドミニクは女装していたな。という事は、
「王宮でリーンの近くにいたのか?」
「ん? あぁ。じゃなきゃあのペンダントを受け取れないだろ?
母上殿からあいつが貞操やら何やらの危機だっつって緊急指令が来てな。急いで潜り込んで、何とか専属侍女の役をもぎ取ってついてたんだ。かなり無理やり入り込んだから長くは潜んでられなかっただろうが」
「……侍女…貞操」
確かにあの見た目は美女であるが、奔放なこの性格で務まったのだろうかという疑問と、貞操という言葉に思わず反応して手が止まってしまう。
「あ、そこは大丈夫だぞ。一回馬鹿王子に手を出されそうになったけどあいつ股間蹴り上げて悶絶させたらしいし」
……股間。
横でケルンが微妙に痛そうな顔をしていた。ハンネス殿とローファル殿は視線を外している。聞いてない振りだろうか。
「そうか……」
……ともあれ、悪夢はなかったのか。
「その後誤魔化すのも大変でなぁ。なんとか加護で痛みの記憶を快――」
「ドミニク様」
怪しげな話になってきたのをハンネス殿が遮った。
「詳細は不要です。少なくとも今は」
「相変わらずかったいなー」
口を尖らせるドミニクに、微笑で威圧しているハンネス殿。なかなか見れない姿だ。
上着を着直し、裏地にリーンの布を使った小手やグローブを装着。携帯用の最低限の物資を確認してバックパックを腰につけた。
「ドミニク様、対象を確認しました」
「っし、んじゃー行くか」
剣を最後に装着して、ドミニクの視線に頷く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます