第102話 奪還③
私はハンネス殿に向き直り、頭を下げた。
「ハンネス殿、助力感謝する」
「おやめください殿下。我々としてももどかしい思いで見ておりましたから……正直、神官長が決断してくれてほっとしております」
ハンネス殿は声を潜めて内心を吐露する様に淡く微笑んだ。
「巫女は何故か困難な道を歩むことが多いのです……我々は直接巫女に関わる事は禁じられているので、助けたくともなかなか難しく」
「禁じ……?」
重要な相手と知っていながら、手が出せなかったというハンネス殿に疑問を覚えればドミニクがため息をついた。
「昔の神官が決めたんだよ。
大昔は巫女を保護していたんだが、どうも教会が関わると精霊が生まれない事があって、接触禁止っていうルールが出来たんだ。それに加えて巫女の意志は精霊の意志だっつって、巫女の意志を曲げる事も禁じてただ遠くからそーっと見守るだけの馬鹿みたいな集団になったんだ。そんなんだから巫女死なせてるって気づけばいいものを頭の固い奴らが意固地になって変えようとしなくてな。ほんっとアホらしい」
「ドミニク様……」
困ったように眉を垂れるハンネス殿に、ドミニクはけっと悪態をつくように腕を組んで視線を外した。
「……その辺の事はよくわからないが、だがそれならよくドミニクはリーンの傍にいられたものだな」
「俺はあいつの兄だから近くに居られたの。神官の関係者として生まれる巫女なんて今まで無かったから内部でも揉めたんだけどな。父上殿が養子に出すのは断固反対して、結局あの昼行燈を演じる事になったんだとよ。大変だったらしいぜ? 母上殿には関係者じゃないから詳しい事を説明できねーし、そのくせいきなりぼんくらを演じて巫女の意志に影響を与えないようにするってのはな」
「……ドミニクもぼんくらを演じていたのか?」
ポンポン悪態をつく姿は、ぼんくらというよりその辺の街の若者という感じであるが。リーンの前では違うのだろうか。
「いや。俺、子供だったし。神官の話を聞いたのは十五の時だから、それまでは何にも言われてないよ。知った後は、まぁこれまでずっとこれだったのにいきなり変えてもな? って事で黙らせた」
意地悪く笑って肩を竦めるドミニクは、なかなかいい性格をしているようだ。
「実際さ、精霊がどうやって生まれるのかだーれも知らないんだぜ?」
「そうなのか?」
そうそうとドミニクは頷く。
「巫女の周囲に光が溢れて精霊が生まれてるのは確実なんだが、何でそうやって生まれてくるのかわかんないんだよ。巫女もわからないって言って」
「本人もわからないのか?」
「って話だぜ? 俺が聞いたのはな」
「そのように私どもも伝え聞いております。ですから、何が理由で生まれなくなるのかもわからなかったので思い当たる要素を排除した結果が接触禁止だったのです。決して理由なくそのような事をしているわけではないのですよ」
フォローするように言うハンネス殿に、ドミニクはどうだかなーと聞く耳を持たない。
「ぶっちゃけ俺はリーンが精霊生まなくてもいいと思ってるしー」
「ドミニク様」
「だいたいなんで巫女一人がそんな役目背負わにゃなんねーんだよ。おかしいだろ」
頭の後ろに腕を回し、あれだけ重要だからと説明した口で真反対のことを言うドミニク。諌めるようにハンネス殿が止めるがどこ吹く風だ。様子からしてそれがドミニクの本音なのだろう。
「この国の者としては看過してはならない言葉だろうが……個人的にはドミニクに同意だな」
「おっ! いいねーさすが義弟」
明るい声を出したドミニクは背中をバンバン叩いてきた。細身なのに地味に力が強い……
「ドミニク様、それはさすがに失礼ですからやめてください」
「えー? いいだろ別に? 親戚みたいなもんなんだから。リーンだって王相手に親戚だって言ってたんだぞ」
「いやあの、リーンスノー様は確かに婚姻を結ばれていますからお立場的にもその認識で間違いはないのですが、ドミニク様の場合あくまでも生家の人間というだけで、建前上辺境伯家が縁戚という扱いになりますから」
「ハンネス殿、構わない」
「……」
いいのですか?と、その顔が雄弁に語っている。
苦笑して頷けば、なんとも申し訳なさそうな顔をされた。
「神官長は固すぎるぐらい固い方なのですが、何故かこのドミニク様はこの調子で……何故あれからこれが生まれたのかと我々も首を傾げるのですが」
「ひでー」
「事実でしょう」
非難するドミニクを一言で切り捨てるハンネス殿に、ドミニクはけらけらと笑った。
たぶん、ただ待っているこの状況にジリジリとしたものを感じているのだろうに、それでも自然体で笑ってすら見せる姿に、その精神性にそれがドミニクの強さなのだろうと感じた。正直私はそこまでにはなれない。今出来る事をやっているという事実を自分に言い聞かせなければ、無駄にその辺をうろつきそうなぐらいだ。
「団長、ドミニク様」
打ち合わせをしていたレティーナの声に視線がそちらへ向かう。
「クリス様の移送について話がつきました。今所定の場所に移送者ともども向かってもらっております。ただ、予想外の人物もついてくる事になり……」
「予想外?」
「魔法省に入っている筈のレンジェル・アーヴァインが居合わせていまして。彼はリーンの事を気に入っているので、事情を聞いて一緒に行かせろと」
気に入っている……とは。
「団長、レンジェルはただの魔法馬鹿、いいえ、魔法狂いです。リーンの魔法や加護に対する発想が気に入っているだけです」
なるほど……?
「いいんじゃね? 腕は確かなんだろ? 自己責任って事で来たけりゃこいって言っとけば? あ、でも馬がなけりゃ置いていくぞって」
よろしいですか?とレティーナがこちらを見るので、黙って頷く。
レティーナが反対しないという事は、リーンに害意がある者ではないだろう。
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