第100話 奪還①

 本館の使用人に教会の人間が来たら離れに案内するよう言付け、夫人の居所を聞いてディートハルトの執務室へと急ぐ。


 足早に向かっていると、私の姿に気づいたフィリップと一緒にいたダスティンが近づき並走した。


「陛下の容態は」

「命に別状はないと。胸に受けた衝撃で一時的に気を失われたようです。服の下に例の特殊素材を着こまれていたのでそれで助かりました」


 特殊素材……あの青みがかった銀色の金属か。

 ディートハルトは物資を持ち込むのが難しいと言っていたが、どうにかしたのだろう。


「ダスティン、ディートハルトは」

「王宮に入れていた影との連絡が途絶えた為、状況確認中との事です。何か起きているようですが閣下も把握出来ておりません。それから、勝手ながら陛下について報告致しました」

「構わない。その予定だった」


 ラーマルナが周到に準備していたというのなら、影の存在も知られていた可能性は高いな。


「今向こうはどういう状況だ」

「何らかの問題が起きたと想定し部隊を展開して聖女の所在を確認中です。同時に王都を包囲しているところです」


 思い切ったな。

 リーンの確認は取ろうとしていると思ったが、包囲まで踏み込むという事は本当にディートハルトも予想外だったと見える。そしていざという場合にリーンを捨て駒にする気がなかったという事も。無いとは思っていたが、少しほっとした。


「詳しい事は後で話すが、ラーマルナが侵入して宰相を殺害、聖女を奪って逃走したと伝えろ」

「は? は、はっ!」

「………伝えたか?」

「――はい。どういう事かと詳細を求められていますが」

「今は部隊を展開して包囲を優先させるように。もしかすると陽動で城下に火をつけられる可能性もあるが」


 城下に火をつけると脅していた話を思い出しながら執務室のドアを開けて入れば、夫人と家令のバルトが揃っていた。


「夫人、緊急事態だ」

「騒ぎは耳に入っております。どのように動きましょうか」


 慌てる事なく問うてくる夫人に、やはり辺境伯領この地の領主夫人なだけはあると改めて思う。


「ダスティン、これから話す事を向こうにも伝えろ」

「はっ」


 フィリップは何も言わずともドアを閉めてその前に立った。


「先ほど、王都で行われていた園遊会にラーマルナが兵を率いて乱入した。

 ラウレンスと陛下は矢で射られたが、どちらも生きている。陛下がこちらに現れたのは居合わせた者が退避させてくれたからだ。そこは何の思惑もなく善意ゆえだから安心してほしい。どうやってかは、加護でとしか聞いていないため詳細はわからない。

 それよりも問題は宰相がラーマルナの手によって殺された事だ。

 ラーマルナが聖女を望み会場から連れ去った事から、おそらく宰相に近づいて聖女を手に入れる機会を狙っていたのだと推測される。このまま王都を出られるとそのままミルネスト領を通ってラーマルナへと逃げ込まれる。そうなると距離的にも政治的にも手が出し辛い。従って私は部隊を率いて今すぐ王都へと向かう。フィリップに第一部隊以外全ての部隊を任せる。治安維持と国境警備を継続してくれ。夫人はディートハルトが王都から離れられない可能性を見越して欲しい」

「承知致しました。厳戒態勢に移行します。支援物資は想定ルートを通ってお送りいたします」

「お待ちください、その情報はどこからかと確認を求められています」

「園遊会に出席しているティルナの友人からだ」

「―――――閣下より王弟殿下にはここに留まるようにと。今から来ては間に合わない、それよりも想定外の状況で何が起きるかわからないから危険だと」


 反論しない夫人とは反対に、ディートハルトの方がやはり異論を唱えてきた。


「ディートハルト、教会が協力してくれるそうだ」

「教会?」


 夫人が初めて表情に変化を見せた。

 不思議がるその顔に頷き、詳細は省いて説明する。


「聖女の存在は教会にとっても重要だという事らしい。

 私も知らなかったが、王都へと一瞬で移動する術があるとの事だ。それで向かう。危険は承知の上だ」


 今一番危険な状況にあるのは間違いなくリーンだ。向こう側に連れ込まれたら救出が難しくなる。


「教会が……政治介入する事など滅多にない組織だと思っておりましたけれど。前回の聖女が現れたのも随分と昔……二百年前でしたかしら。あまり記録が残っておりませんしどのような対応を取られるのか判然としませんわね」

「仮に教会に運ぶ術があるとしても、信用出来るのかと」


 二人が言う事もわかる。教会の上層部は貴族出身者で締められているが、世俗に関与しない事を決めており、教会側から協力を申し出てくる事などまずないのだ。こちらから何らかの見返りを元に願う事は無くもないが。


「問題ない。教会側の人間と話は出来ている。今回の件に関しては他意なく協力してくれるそうだ」

「――――当てになるのか、と」

「ああ」

「――根拠は、と」

「私が聞いた限り、リーンは私などよりこの国にとって重要な存在なのだ。教会はそれを知っていて今まで見守っていたらしい。

 だがその内容を私から話しても良いと言われてはいないし、私も軽々しく口にしてよい内容だと思わない。ディートハルトが直接教会に確認してくれ」

「――――――お前は信用したのか、と」

「信用した」

「――…………」

「それとな、私であればリーンの居場所を探る事が出来るのだ。他の者では出来ない」

「――……こちらに来たら合流するように、と」

「頭には入れておく。フィリップ、夫人、後は頼む」

「あ、お、お待ちください! 殿下! 必ず合流しろと!」

「ダスティン、ここの伝令を頼む。こちらはティルナを伝令とするからそう伝えてくれ」


 ドアを開けてくれるフィリップの肩を叩き、追いすがろうとするダスティンを任せて部隊の招集に使っている鍛錬場へと向かう。


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