第99話 聖女は足掻く⑤
何か言っている気がするが、気が遠のいてきているのかほとんど聞き取れない。
ボンヤリ定まらない焦点のまま暗い空を見上げていたら、いきなり左手に凍えるような灼熱の棒を突き刺され意志とは別に身体が跳ねた。
真逆の感覚に脳が誤作動を起こしている。誰かが悲鳴を上げていると思ったら、自分の喉から出ているようだった。もう身体と心がバラバラになってしまったかのようで自分の事がわからない。
ただ熱い
ただ痛い
熱い
痛い
痛い
痛い
寒い
寒い
寒い
それでも身体が生きようとしているのか、目の奥が明滅するように危険を訴える。
ごめんよ…
若い身空でこんな死に方、身体だって嫌だよな……
誰かが私の肩を叩いているような気がした。
でも声が出ない。いや叫び続けてるのか?
痛みがきつくて。寒くて。よくわからなくて。
「………か! 魔…を……消せ!」
焦ったような必死な声が微かに聞こえて、なんとなく意識を声へと向けたら、見覚えのあるシルエットと色合いにはっとした。
ぼやけた視界でもわかる。あに……兄、だ。
ほんとうにきてくれたのか…
だけど駄目だ、あの男は危ない
あぁくそっ……声が出てるのか自分でわからない……
兄さん、あいつは危ないから、レンジェル以上だしグレイグ以上だから、逃げて。お願いだから逃げて。
口を動かしているが動いているのかわからない。何とか伝えようとするが、息が苦しい。
息を吸ってる?吐いてる?わからない。痛みももうどこか遠くなってきた。
とにかく何でもいい、ここにいたらいけない。逃げて。
意識が途切れそうな間際、口を何かで覆われ、目の前に澄んだ青い空が現れた。
透き通った――あまりにも綺麗なその空に、状況を忘れて一瞬見惚れてしまった。
……きれー……そうまとうかな……それともめいどのみやげ?…………そういや、シャルがこんないろだっけ……
呑気にそんな事を考え意識がそちらに持っていかれた瞬間、何かが纏っていた魔力を解すように動かした。その直後、暖かいものに包まれてぼやけていた思考が唐突にクリアになった。遠のいていた痛みまでものすごい速度で引き返してきて、さらに耳から音が雪崩込んできた。
「頑張れリーン! 大丈夫だから! 頑張れ! 諦めるな!」
「んの野郎が!!!」
「駄目です! 殺しては駄目です! それ公子ですから交渉に使えます! レンジェルも何をやろうとしているんですか!」
「よし耳が治った! 聞こえるか!? 魔力を解け! 纏うな! 力を抜け! リシャールの力に従え! 次は内臓だ!」
「ええ? でもほら火の第七階まで至っているんだからここはやっぱり水の第七階までで応じるのが礼儀ってものだと思わない? だってあいつ私のクラースを壊そうとしたんだ。あ、そっか届かないからってフラップするのはエセエントリアの法則に反するって事だね? じゃあ敬意をもって第九階で――」
「それこそエセエントリアの法則に反します! グリンジカッソの流れに従いなさいと言っているのです!」
「えー」
「えーではありません!」
「内臓はそこまででいい! 次は手だ! リーン抜くぞ!? いいか!?」
「頑張ってくださいリーンスノー様!」
全身の痛みに加えて左手に激痛が走り呻き声が出るが、塞がれているままで音になっているかわからない。
だが急速に左手の痛みが和らいで、半分ぐらい思考が痛みから解放された。オーバーヒートの痛みは未だ強いがそれでも思考出来る。
で、それはいいのだが…諸々戻ってきた感覚でやっと理解したのだが……
何で私、ガン見されながらシャルにキスされているのでしょうか……
「リシャール、もう大丈夫だ。安定した」
誰か――兄?がシャルに声を掛けるとゆっくりと顔が離れた。
離れたその顔に、口に泥がついてて思わず手を伸ばす。
「ごめ…ん」
汚れてる。と、言おうとしたらヨボヨボのおばあちゃん並みにしか動かせない手を取られ、そのまま抱き込まれた。
耳元に乱れた息がかかって、身体からは震えが伝わってきて……抱き込まれる直前、酷く歪んだ顔があって……泣いているのがわかった。
あ………そうか……心配して、くれたんだ……
それがわかってほんのりと胸が暖かくなったような気がした。
泣きたいような、どこか嬉しいような、くすぐったいような。なんだか不謹慎な気持ちだ。
考えてみればもしここで私が死んでいたら、この人は一生引きずって生きていたかもしれない。それぐらい真面目な人だから。
今度はそういう意味でごめんと呟き、ヨボヨボとしか動かないもう片方の腕を動かして、大きな背中を撫でる。
そしたらますます抱き込まれて、ちょっと苦しい。
……いや、そんな呑気な事をやっている場合ではなかったような。
視線を動かしてシャルの肩越しに周りを見れば何故かレンジェルがいて、いい笑顔であの男の四肢を氷槍で滅多刺しにしているのが見えてギョッとした。しかもグレイグがやる気満々の牙を剝きだした顔で抜き身の剣を持ったまま、騎士っぽい誰かに止められている。
どう見てもあちらさんが今死にかけているように見えた。
いや、という事は、助かった……のか? あ……!
「にぃさ、ん」
声が掠れてうまく出ないが、早く言わないと。
「さりーさん、が」
どこかホッとした顔で私を見ていた兄が我に返ったように腰を上げた。
「会ったのか?」
「った。ちか、く、おとりに、なって」
「問題ない。サリィはここだ」
兄とは違う声にそちらを見れば、見知らぬ男性が上半身タイツ姿のぐったりしたサリーさんを肩に担いでいた。
「魔力切れだ。命に別状はない」
「そうか……」
はぁと息を出し安堵したようにサリーさんを受け取る兄。
兄が安堵しているという事は、本当に命に別状はないのだろう。よかった。
ほっとしたら、急激に眠くなってきた。
なんか呼ばれたような気がしたが、えー……ちょっと無理そうです。
ほら、なんかシャルがいると思ったら妙に気が抜けてしまって。後はなんか、なんとかやってくれそうじゃないか。シャルって。腐っても騎士団長だし。安心するっていうか……あ…城下は大丈夫だったのかな……種は撒いたけど…役に立ったかも、わからなく…て…………
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