第95話 聖女は足掻く①
城下を出たところで猿轡をされ手を縛られしっかりとした造りの馬車の中へと放り込まれた。
これもさすがにグレイグのように投げ込まれていないが、進行方向の前後に設けられた座席の間の床に転がされたのには拙速さを感じる。
足に麻酔を掛けているから耐えている振りをする程度でいいが、出来ていなかったら絶叫している自信がある。そんな自信要らないか。
そして転がされてから気づいたが、いつやったのか足には包帯のようなものがぐるぐる巻いてあった。ただ血が滲んでいて止血がうまく出来ているのか疑問が……
とまぁいろいろと頭を動かしているのだが、激しい揺れの中ちょっと意識が朦朧とし掛かっている。ここまで魔力回復薬の使用は二回。ちゃんと枯渇寸前になるのを見計らって過剰回復しないように使ったのでそれだけで不調を覚えるにはまだまだ早い(試した時は五、六回目あたりから、ちゃんと枯渇してからやっても体調が怪しくなった)ので、これはおそらく貧血とか精神的なものか。
貧血はまずいなと、加護を使って血液をちょっとずつ生み出す。足首を中心に巻かれた白い包帯がべっちょりと血液で滲んでいるので、とりあえず100ccぐらいから。あんまり増やしすぎるのも良くないし、かといって適量という現象を生じさせると魔力を多く持っていかれるので加減が難しい。
精神的には持続的にセロトニンを出しているので何も無いよりは落ち着いて冷静でいられていると思うのだが、どうだろう……もうちょっとしたら逃げ出そうと思うのだが、これは冷静さを欠いた判断だろうか。
足を治して、それで飛び出てどこかに隠れてやり過ごして、おそらく王都周辺にいるであろう辺境伯様の部隊を探す?
いや、そもそも辺境伯様が保護してくれるのか?……なんか思惑があるなら、どういう流れになるかわからないしなぁ………やっぱり無謀か……かといってこのまま連れていかれると…辺境伯様の軍とラーマルナが戦争をおっぱじめるのでは……って、もしやそれが目的?
ついでにラーマルナもぶちのめそうとかしてる?
……あぁ………嫌だな。
そもそも自分自身怖いのも痛いのも嫌なのに、何が悲しくて戦争の引き金にならねばならないのか。事前準備している辺境伯様と油断してる宰相となら早期決着つくとか思ってたのに、これでもし私が死にでもしたら精霊信仰をしている人達は引かなくなるんじゃないか?
宗教って未だにピンと来ないけど、象徴的な人とか指導的な人が殺されたら信心深い人って暴走するイメージあるし。さすがにそこまで狙ってるとは思いたく無いけど……
だめだな……思考が悪い方に傾く……しっかりしないと。こういう時こそ建設的にポジティブにだ。ほら、完全に辺境伯様の想定外って可能性もあるんだから。案外今頃びっくりしてたりして。
それに兄は必ずシャルにあのペンダントを送ってくれるだろう。それでシャルに伝われば、たぶんなんだかんだ動いてくれる……んじゃないかなぁ…。あのどこまでも真面目な人なら、ちょっとくらいは私の事を気に掛けてくれたり……してくれないかなぁ……。でもあの人、個人としてよりも公人としての意識が高いからなぁ…だめかなぁ……あー思考が下り坂……
考えろー考えろーしっかりしろー。大丈夫、大丈夫。まだ加護は使えるし魔法も使える。魔力回復ももう少しいける。様子を見て、逃げる。このままラーマルナに連れていかれるのは考える中で一番最悪のケースだ。他国まで軍を出すと侵略行為になるから普通は大っぴらにできない。だから、なんとか隙を見て逃げる。んで、しばらく身を隠して知り合いを探して……どーなるんだろ……見つかってしまったら今度こそ身動き取れなくされるかな……足治すのバレたら……想像つかないけど、やばいよな……
えー、とにかく一旦油断させないといけないからこのまましばらくは大人しくだな。ラーマルナに帰還していると考えると今向かってるのはミルネスト領方面。……土地勘全く無いよ。そもそも王都周辺だって怪しいのに……いや、方角がわかってるだけマシだ。
太陽の位置で方角はわかるから南東に逃げればなんとかなる。大丈夫。
気持ちが気を抜けば溢れそうになって、呼吸を意識的に吐いて整える。
大丈夫と何度も心の中で唱えて自分を保っていると、どれ程経ったのかわからないが外が暗くなってきた。
耳を澄ませると、枝葉の音やざあっとした梢の音が聞こえる。山道に入ったようだ。
うろ覚えだが王都から北東方面、ミルネスト領にはなだらかな山々がいくつか存在していたと記憶している。もしそうだとすると随分と早い。私の時間感覚が狂っているのかもしれないが。
そのまま風魔法を使って音を拾い集めると、数多くの馬の足音が連なっているのが聴こえた。
規模としては百程?もうちょっといるか。騎士団で言えば部隊一つ分かな。それぐらいの人間が馬に乗っているようだ。相当なスピードを出して走っているので、馬の方が参るだろう。どこかで休憩を取るか、馬を変えるかする筈だ。
そう思った私の考えは外れていなかったようで、馬車の激しい揺れが次第にゆるやかになり一度停止した。
ガチャガチャと周囲で金属が触れ合う音が溢れて、さらにブルブルと馬の鼻息が多く聞こえて僅かの間にまた動き出した。
……馬を代えたな。
駆け抜ける気だ。これ。
思い出せ。ミルネスト領の広さは……ラーマルナまでの国境へは、どんなに馬を走らせても距離的に二日は掛かるだろう。馬を乗り潰す気でいけばもうちょい早くなる?
想定を厳しいもので考えると、あと一日かそこらで逃げ出さないといけないと思っていた方がいいか。出来れば早い方がいいが……動いている馬車から飛び出るとか目立ち過ぎるしな。
丸一日馬を走らせるのは無理だから次、馬を代えるタイミングが狙い目か。
それまでは極力体力を使わないようにじっとしていよう。足も治してしまいたいが、いつ見られるかわからないし……しょうがない。そのままで。
精神力勝負だな……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます