第94話 知らせと明るみになる事実④
「あー説明するぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ消えたぞ?!」
「加護だよ。『惑わす』の加護で空間の認識を惑わせて別の空間に飛んだんだ。各地の神官連中をかき集めてるんだろ」
「……その、言っている意味がわからないんだが」
「だから説明するって言ってんだろ」
「……すまない」
睨まれて謝罪すれば、リーンの兄はぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜた。
「あーもう! さっきからなんだよあんた! そう言う事かよ! そりゃそんなんじゃリーンが気に入るだろうよ! 素直すぎんだろ王弟殿下さんよ! 王弟のくせに! 何で腰が低いんだよ!」
「ドミニク様、とりあえずお座りになっては? 動くにしても身体は休めていた方が宜しいかと」
レティーナが宥めるように言えば、立ったままだったリーンの兄は乱れた髪をかきあげて大股でソファまでいってどっかりと腰を下ろした。
「ほら説明してやるから座れ。早く座れ、さっさと座れ」
あまりにも横柄な態度だったが、何故かそれでも不快感のようなものは生まれなかった。急ぐ気持ちもわかり言われる通りに座れば、リーンの兄はスカート姿をものともせず片足を膝に引っ掛け肘をついて説明を始めた。
「まず俺たちの方の事情な。リーンは聖女だって言われてるけど、それよりももっと重要な精霊の巫女っていう存在なんだよ。あ?疑問は無しだ。とにかく聞け」
口を開きかけたのを制されて、黙って頷けば早口で話が続けられた。
「精霊の巫女っていうのは、女神レリアが精霊界との道を繋ぎこの世界に精霊を誕生させるようになってから、その役目を引き継いだ存在の事だ。
百年から百五十年単位で巫女は生まれるんだが、その都度精霊がこの国に生まれ出て満ちてまた減っていく事を繰り返してる。ただ、ここ三回程不手際で巫女が精霊を生み出す前に死んでるんだ。
加護や魔法の力が昔に比べて弱くなったって話を聞かないか? その原因が、これ。加護や魔法の源である力は精霊によってもたらされるから、生まれ出ずその数が減れば自然とな。
周期的に言えば二十五年前に生まれた巫女が本来の巫女だったんだ。だが、王都に生まれたって言えば年代的にどうなったのかわかるだろ? 疫病をどうにかしようと看病していたらしく、神官が見つけた時には病に罹ってて、もう手遅れで死んでしまった。あ、神官ってのは主に『視る』加護持ちの奴らが巫女を探し出して、他の加護持ちと一緒に守護する役割を担っている奴らのことを言う。元々全員精霊教会に所属していたんだが巫女を悪用しようとした奴が出たから表舞台からは姿を消して。で、こそこそとずっと活動を続けてるわけ。その親玉的なのが俺の父上殿。ここまでいいか?」
良くはない。多すぎる情報に混乱気味だ。だがまだ話は続くのだと貧乏ゆすりを始めたその様子からしてわかるので促した。
「続けてくれ」
「おう。
リーンは本来の周期とは違うタイミングで生まれた巫女なんだ。もし本来の周期で生まれていたとすると、おそらくその時にはもう加護の力も魔力もほとんど存在しなくなっていただろう。それどころかこの国の実りを支えていた大地からも力が失われていく。もともと精霊っていうのは、この地が不毛な大地だったから人が住めるようにと女神が生み出したものだからな。精霊が三百年以上も生まれないとなると蓄積された力も枯渇する。
だから例外として生まれたリーンはこの地にとっては最後の希望なんだよ。ここで精霊を生み出せなかったら、おそらく次には間に合わない。この国は緩やかに終わっていく。リーンの重要性はわかったか?」
「……戸惑いはあるが、話自体は理解した。と、思う」
「とりあえずそれでいい。
お前らがリーンを何に使っていたのかは知らん。興味もない。
だがこれで重要性がわかったなら、リーンを助けるために俺に協力しろ」
どうせ利害で結んだ婚姻だろう?
リーンという個人を選んだわけじゃないのはわかっている。
だから無視できない情報を出してやった。
わかったら言う通りに動け。
そう言わんばかりの眼差しに、胸の奥でカチンと何かが鳴った。
確かに私とリーンとはディートハルトの思惑によって婚姻を結んだし、実際のところ夫婦らしい事は何もしていない。
だがそれでも少なくとも私はリーンの事は好ましく思っているし、困っていれば助けたいと思っている。
威圧的な目で射抜くように見てくるリーンの兄に、私は首を横に振った。
それに対し険しい顔つきになるのを、手を前に出して制す。
「私はリーンがその巫女だというものでなくとも助けるつもりだ」
元を正せば私が腕を治してもらい命を救われたところから始まったのだ。まして拐われたのはこちらの不手際によるところが大きい。それに何よりあのお人好しで、どうにもどこかずれた思考を持つ彼女を放ってなどおけない。
目の前の険しかった目が驚いたように丸くなり、どこか間の抜けた顔になった。その顔は少しリーンに似ている気がした。
「それと私はあんたではない。リシャールだ。リーンの兄上殿」
私の言葉にリーンの兄は今度こそポカンとした顔でこちらを見て、次いで弾けたように笑い声をあげた。
「くはっ……はは……! い、いいね……あんた。いや、リシャールだな。俺はドミニクだ。なんだよ。ずいぶんでかい義弟が出来たもんだな」
「私もこれほど美しい男が義理の兄になるとは思わなかった」
「やめてくれ。男に言われても気持ち悪い」
心底嫌そうな顔でしっしっと手を振られるが、それも気にならない程この男は美しい。言えばさらに嫌がるだろうな。
「婚姻の証、ちょっと見せろ」
言われるがまま手を出して見せれば、男爵と同じようにじっと見られた。
「これはもともと巫女の伴侶を見定めるものなんだよ。巫女じゃなくても誰相手でも出来るんだけどな。『許す』なんて加護は本当は必要なくて、証が刻めない、刻んでも花弁が無ければ対象外。四枚までは素質あり。五枚以上はまぁまぁ。八枚以上は文句なしって具合だ。
……七枚。父上殿が認めた時点で素質ありだろうとは思ってたけどほぼほぼ確定じゃねぇか」
「七枚?」
離された手を戻して見れば、模様が変わっていた。最初に確認した時、花弁はたしか三枚だった筈だ。なのに今数えて見れば七枚に増えている。
「それ、減ったり増えたりするんだよ。相手の感情に左右されるから。あ、リーンには言うなよ。巫女本人にこれ教えたらダメなやつだからな」
だったら…言わないで欲しいのだが……
「話を戻すぞ」
こちらの動揺などお構いなしに進めるドミニクに、どうにか頭を切り替え思考を戻す。
「これからどうやってリーンを助けるのかだが、ここから馬で駆けつけるなんて事してたら絶対に間に合わない。だから、ハンネスに道を結ばせる」
道?
「俺はあんまり空間を歪めるのが得意じゃないが、ハンネスなら王都まで部隊を移動させるぐらいは維持できるだろ。
それで学園にいるらしいクリス・アーヴァインってのにソレをリーンのところに飛ばしてもらう。ローファルに言えば王都周辺とも連絡が取れるからそっちの奴に先にクリスとやらを確保させれば手間は省ける」
「ドミニク様、学園ならティルナが連絡できる相手がいます。クリス様はリーンの事を話せば必ず協力してくれますわ」
それまで沈黙を保っていたレティーナが声をあげた。
「あ?どうやって連絡を……あぁ、そうか。リーンがなんか考えて教えたのか」
一瞬訝しんだ様子だったが、すぐに理解した顔で額に手を当て軽く頷く。
「はい、『伝える』同士での伝達方法を。他にもいろいろ考えてくれました」
「俺たちと同じとこまで思い付いたのかよあいつ……。そうだな。リーンはそういうとこ頭が回るんだよな。あいつらも言ってたか……じゃあそのクリスってのに繋ぎを取って教会に協力してくれるよう言ってくれるか」
「わかりました。少しお側を離れます」
レティーナは丁寧に頭を下げて部屋を出て行った。
先ほどの話やレティーナの態度に疑問はあるがもうそれは後でもいい。
「確認いいか?」
「いいぞ」
「ここから王都まで一気に移動できるという認識でいいんだな?」
「おう」
「移動可能なのは一部隊だけか?」
「あー……限界はハンネスに聞かないとわからん。だがそれぐらいだと思う」
「その後はコレを使うんだな?」
首に下げていたカメオを出して訊けば頷かれた。
「あぁ、リーンが手にしてくれればあんたので方角がわかる。っていうか、さっきの会話でよくそのペンダントの事だと気づいたな」
「ジェンス男爵から相手へと導く標となると聞いていたからな」
「…んだよ、父上殿も漏らしてんじゃねーか」
ぼそりと言ってドミニクは片手に顔を埋めた。それは激高した自分を恥じているようで……たぶん、ジェンス男爵は役職に忠実なタイプなのだろうと思われる。実際の気持ちは覆われて見えにくいが、リーンを頼むとずっと頭を下げ続けていたあの姿が巫女だから頼むという意味だけでそうしたとは思えなかった。
聞くべき事は聞いた。と、思う。あ、いやもう一つあるか。
「ドミニク、ラーマルナは聖女ではなく巫女を狙ったという事なのか?」
「勘だとな。あっちは加護より魔法の力を重要視してるが、それでもその力の源を生み出す巫女を欲しがったんじゃないかって。存在を知らないはずだったんだが……公家の記録に残っていたのかもしれん」
「という事は、少なくとも命の保障は」
「……ある、とは思うが、さっきも言ったがあの公子はあんまりいい性格をしてない。精霊が生まれないといって何をするかもわからん」
では少なくとも向こうに連れていかれるまでは無事である公算が高いな。国境までに取り返せば、という事だ。
「私は部隊をまとめてこの地の引き継ぎをしてくる。
教会の者はここに通すように言っておくから休んでいてくれ」
王都に行くのは第一部隊。総勢百名弱。
頭の中でやるべき事をまとめて立ち上がる。
「あぁそうだ、兄上を連れてきてくれたこと感謝する」
頭を下げればドミニクは「リーンが助けたがっていたからだ」と言いそっぽを向いてしまった。
子供っぽい仕草に少し笑ってしまうと、さっさといけと怒られた。
確かに時間はないので後でと返して私は本館へと急いだ。
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