第93話 知らせと明るみになる事実③
「団長、ジェンス男爵のいる離れに伺っても宜しいですね?」
「あ、あぁ」
レティーナの声に反射的に頷けば、リーンの兄はレティーナの先導で歩き出した。
それから数歩遅れて個人的な感情はどうでも、話は聞かなければならないと慌てて足を動かす。
「王弟殿下さんよ」
追いつくと、先ほどより幾分落ち着いた様子で声を掛けられた。
「…なんだ」
「リーンを助けるつもりがあるのなら部下でもなんでもいいからここの精霊教会の司祭ハンネスと、ローファルって奴に来るように伝えてくれるか」
「……わかった」
何も問わず承知すると、一瞬意外そうな顔をされたがすぐにしかめっ面に戻った。
「ドミニク様、何があったのか団長に伝えても宜しいですか?」
「………あぁ」
「ありがとうございます。
団長、園遊会の会場にラーマルナの兵が乱入したようです。王子と陛下を同時に射られ、その後騎士に扮していたラーマルナの兵によって宰相も首を切られました」
一瞬、レティーナとリーンの兄の会話にどういう関係なのか気になったが、それよりもその話の中身に意識が持っていかれた。
「宰相が首を切られたのか?」
「一刀のもとに完全に切断されています。生存はあり得ません」
ラーマルナと繋がっているらしい宰相が切られる意味が分からず確認すれば、それで間違いないと返すレティーナ。
「その場に居た貴族たちも殺されそうになったようですが、リーンが水魔法で防いだようです。ただ、その後に聖女を欲すると言われてリーンは従ったようで…」
「俺もリーンも初動を間違えた。現れた瞬間に制圧すべきだった」
前を向いたままこちらを見ず口を開くリーンの兄。表情はわからなかったが、声は感情が抑えられていて抑揚が無かった。
「俺は――たぶんリーンも、あれが辺境伯の計画の一部かと疑った。だから辺境伯の手の者が動くのか状況を見てしまった。俺が問答無用で制圧してしまえば、リーンはその後抵抗に全力を注いだ筈だ。俺とあいつが本気で抵抗すれば、切り抜けられた……あいつに考える隙を与えるべきじゃなかった。失敗した」
誇張するでもなく淡々と紡ぐリーンの兄。
レティーナは無言で、私も返す言葉もなく離れの館に辿り着いたところで、館の警護を引き継いだ第二部隊の隊員に精霊教会へと行かせる。
それから中へと入りすぐにジェンス男爵を呼ばせた。
夫人を伴って現れた男爵は女装姿の息子を見て目を見張ったが、夫人の方は表情を強張らせた。
だが二人が何か言う前にリーンの兄は二人の前に出て言った。
「母上殿。悪いが外してくれ」
夫人は男爵の方を見て、男爵が頷いたのを確認してから何も言わずに部屋を出た。
部屋に私と男爵、レティーナだけになるとリーンの兄は大きく息を吐いた。
「さっきラーマルナの奴らが介入してきてリーンを連れていった。ご丁寧に逃げられないようにしてな。んで、聖女だって浮かれてる奴らにリーンの価値に気づいてないって毒吐いていきやがった。ラーマルナはリーンが何者か気づいたようだぞ、父上殿」
腕を組み挑むような顔で男爵を真っ向から見据えるリーンの兄に、あの背を丸めておどおどしていた男爵は――無言で佇みじっと見つめ返していた。
「あれは全部理解しているわけじゃなさそうだった。
ラーマルナ公国の公子は加虐趣味があるって有名だ。このままだとリーンは殺されないまでも、連れていかれたら心が壊されるぞ。それがどういう事か理解出来るのなら、いい加減全面的に協力してくれないか。いくらリーンの意志を尊重するからといって、本人が壊れるのを黙って見過ごすってのは違うだろ。本人に明かさなければ周りにバレようがそんなのは後でいくらでも誤魔化せるだろ。俺や、父上殿ならっ」
淡々とした声から次第に焦燥が滲み始め、必死で抑えているような様子で言葉を連ねるリーンの兄。
「連れていかれたというのは本人の意志か?」
静かに問いかける男爵は、これまで見てきた人物とは別人のようだった。
自信が無さそうな様子も、不安そうな迷うような様子も、何一つない。娘が拐われたというのに、至極冷静そうな人物がそこに居た。
それとは反対にカッとなったのかリーンの兄の方が声を荒げた。
「しょうがなくだろ!? 城下に火をつけるって言われて否応なく承諾したんだよ! 俺にその守りをそいつに渡して何が起きたか伝えてくれって! 助けに行くからって言ったらあいつ、泣きそうな顔してたんだぞ! 自分の事では泣かないあいつが! 行きたくなかったに決まってるだろうがよ!!」
私とカメオを指さして叫ぶ。
リーンは確かに自分の事では泣かないし、泣き言も言わない。慣れない事でも笑って胸を張って立ち向かう。
じわじわと理解が追いついてくる。
何故、このカメオをリーンは自分の兄に渡したのか。
それは私が、これがリーンのものだと知っているからだ。だから私に兄の話を信用させるためにこれを託した。
それは何が起きているのかわからず、そしてきっとディートハルトから全てを知らされない可能性の高い私に知らせるため……ではないだろうか。
前からリーンはディートハルトに私との情報の共有を願っていた。たぶんそれは、私が私の意志で動けるように。そうする事でディートハルトと仲違をしないよう。
それとたぶんカメオを見た私に、出来れば助けてくれないだろうかという消極的な希望をそこに滲ませて。
カメオを渡した時の照れくさそうな顔が蘇る……
ティルナの言う通り、何をしているのだろうか。
命を救われて何も言わない事をいい事に、何をやらせているのか。
「王弟殿下、一つお尋ねしたい」
顔を上げれば男爵は息子から視線を外し、どこか冷たささえ感じる冷静な目をこちらに向けていた。
「貴方はあの子を助ける気があるのか否か」
……あれだけ…リーンの事を頼むと、裏切らないで欲しいと、頭を下げた人物と同一人物には思えない声音だった。
「助けるに決まっている。既に部隊を集めている最中だ」
「こうなる事を容認していたわけではないと?」
「するわけがない!」
思わず強く否定してしまい、一度息を吐く。
「私もリーンも、このような事になると想定していなかった。予定では今頃王都を離脱している筈なのだ」
その筈なのだ……
男爵は私の言葉に視線を落とすと、そっと息を吐いて一つ頷いた。
「承知した。婚姻の証を刻んだ伴侶の要請という事で、今回の件は我々神官が支援にあたろう」
「しん…かん?」
問いかけた私の目の前で、男爵の姿がブレた。
「おせーんだよっ」
吐き捨てるようなリーンの兄の声。
そしていきなり上着を脱いで肩やら腹やらに巻いていたらしい布のようなものを剝ぎ取った男爵は……誰だこれは。
かなり横幅のあった身体は引き締まったものに変わり、髪も薄くどこにでもいそうな穏やかそうな凡庸な男は、豊かな髪を背に流した、切れ長の眼差しが色気ある艶やかな男へと変わっていた。しかも、目の錯覚か……耳がやや尖っているような?
「リーンに掛けた加護は?」
「継続してる。空間を惑わせたから魔力ギリギリだったけどな」
「誰かつけたか?」
「サリィ一人だ。あいつはまだ目が良くないから追えるかわからん。相手に『隠す』が居た。乗り込んで来た公子は『操る』な。
リーンが学園に、知り合いになら物を飛ばせるって奴がいるって言ってたから、とりあえずこっちに来たんだ」
「『転じる』あたりか」
「教会経由で確保すればハンネスに道を結ばせて行けるだろ。そっからアレをリーンのもとに飛ばしてこいつ使って追えばぎりぎり国境までに間に合うんじゃないか」
「……国境を超えられたら確かに厄介か」
繰り広げられる会話に、私は手を上げた。
気づいた男爵が私に視線を移すが、その感情の見えない凍てるような目を向けられると一瞬怯みそうになる。
「すまないが、話が見えない」
男爵は私の訴えに一つ頷くと、視線をリーンの兄へと戻した。
「ドミニク、説明を。用意が整ったら彼らを連れて追え。私は人を集めて国境一帯をかき回してくる」
「わーったよ。ったく面倒なとこは丸投げかよ……」
ぶつぶつと文句を言うリーンの兄の前で、男爵が消えた。消えた!?
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