第87話 聖女(撒き餌)は今度は何にされているのかわからない②
ほっとして言えば、再び後頭部をべしっと叩かれた。地味にびっくりするのと痛いんだが。
「お前自分の事を軽んじる癖があるよな。
俺が言いたいのは、心配されてるって事を自覚しろよって事だってのに」
「そこはさすがにわかってるって」
「だったらちゃんと自分を大事にしろ」
まるで父のような事を言う兄に笑いが出る。
「してるしてる。さっきの、もしもっていうのは別に悲観してるわけじゃなくて、本当に可能性として低いかもしれないけど全く無いわけじゃないってだけの話だから。大丈夫、ちゃんと逃げるから」
「その言葉忘れるなよ」
「うん。ありがとう」
兄は鼻を鳴らして私の髪をアップにすると箱から白いカツラを取り出して――
「ちょ、兄さん、それ、なに?」
思わずストップと手を前に出した私の眼前に、とぐろをまいたようなカツラが差し出された。しかもよく見ればヘビを模したものを絡ませていて、その胴の部分にはところどころアメジストと思しき宝石が埋め込まれている。
どうしよう、私的にはすっごいゴージャスなう〇こ(発想が小学生レベルの自分に涙)に見えるんだけど……それ、私被るの?被らねばだめなの?ここに来てまでも私は排泄物から逃げられないという事?
「これは王妃が嫁いできた時に使ったカツラだとよ。知ってる奴が見ればこれだけでお前の立場がわかるだろうって事だ」
「お、おぅ」
そうか…あの王妃か……猫だか狸だかアライグマだかレッサーパンダだかよくわからんもん頭に乗っけてたからな。なら、まぁまだシンプルな分まし?というか、よく貸し出したな。一回つけたら使わないタイプか?
兄にカツラをのっけられて思わずよろめく。
カツラ自体はそこまで重くないがやばい、ドレスの方がまじで重い。これ普通に歩くのも大変じゃないか……?
襟足の部分を綺麗に整えているのか、細い櫛を使いながら頭に止めていく兄に動くなと怒られる。いや、動こうとして動いてないです。普通によろめいただけで……やばいな。くっちゃね生活だったから筋力落ちてたか。鍛えてれば良かった……あぁ後悔先に立たず。
ふらつく私に兄は丸椅子を持ってきて膨らんだスカートの下に入れると座らせてくれた。
「お前、これで靴履いたらやばいな」
「いざとなったらスカート落として裸足で駆け抜ける所存です」
「さすが恥じらいを母上殿の腹に忘れてきただけの事はある」
「誉め言葉として受け取っておこう」
「貶してんだよ」
軽口を叩くうちにも化粧道具をずらりと並べて絵画を描くパレットのように準備を進めていく兄。
ドレスに化粧が付かないよう布を被せられどんどんぬりぬりされていく……
「ね、今更だけどそれ、変な金属とか入ってないよね?」
「あん? 鉛の事か? あんな粗悪品を俺が見抜けないとでも?」
「いえ、大丈夫ならいいです」
「黙っとけ。しゃべられるとやりづらい」
すんません。黙っときます。
無言のままぬりぬり。
前も思ったがなんかこう、本当にパテを塗り込められるような感じで化粧を受けている気分にならない。頭もそうだし、デカすぎるスカートの膨らみもあって完全に仮装気分だ。状況的には王子様の隣に立つためにめかしこんでいる最中の筈なのだが。
「もし」
唇に紅をさしていた兄が真剣な顔をしたまま口を開いた。
「もし、俺がどうにも動けなくなった時はもう一人お前につけている奴がいる。お前を拐ってきた奴だ」
その話にもしやと思ったのは、あの野生のりんごをくれた加護持ちらしき青年だ。何かとこちらを気に掛けてくれていた記憶がある。
「肌の色が少し濃くて、背がそこまで高くない?」
「あぁ。サリィって言う」
さりー……どうしよう。魔法少女に変換されてしまう……魔法の国の王女様ではないよな?パパはすごい頭してるとかないよな?
真面目な話をしてるのに思考が逸れる。いかんいかん。
「あいつは俺の知り合いだから信用していい。俺に何かあればあいつを頼れ」
「もしも、だよね?」
「あぁ。もしも、だ」
あくまでも可能性の話だと互いに確認して苦笑する。
なんだよ、兄もそういう可能性を考えていたんじゃないか、と。
最後にスカート部分の外し方を確認し、そうして準備が整ったところで私はずっと監禁されていた部屋を出た。
両開きする扉に、なるほどスカートがでかいと
冗談抜きでゆっくりでないと歩けない……
おしゃれは根性という言葉を前世で聞いた事があるような。そんなどうでもいい事を想い出してしまうぐらいには大変だ。
ある部屋の前まで来ると兄がノックをして到着を知らせ、それから恭しくドアを開けてくれた。
部屋の中には、王妃のみ。あの王子の姿はない。
予定では王子もここに居る筈なのだが。
とりあえず顔を伏せ気味に、王妃にカーテシーを必死でこなす。
「まぁまぁ見れるようになったかしらぁ?」
相変わらず侍女をずらりと侍らせてお気に入りなのか羽の扇子を口元に当てたまま見下すような視線を向けてくる王妃。
兄は部屋の隅に下がったまま動く事は出来ない。
なので私も無難に無言で時が過ぎるのを待つ。
「ラウレンスが居ると思った? 残念だけれど、あの子は忙しいの」
三日月のように唇を釣り上げて笑う顔はまるでどこかで見た本のチシャ猫のようだ。垂れ目な所もそっくり。
しかしなんだか私が王子に会いたがっていたような言い方をされているが……兄の情報操作の結果だなと思い口元を強張らせて俯く。
「あらあらそんなお顔をしなくてもいいのよ? ちゃあんと来てくれるわ。だって私がこの園遊会は大切なお仕事ですからねってお話ししたのですもの」
……えー…と。それは、自分のいう事は聞く子ですよ。と、そう言いたいのかな。私よりも自分の方が優先されているんですよ。と、つまり嫁姑でのマウントを取っているような感覚?
激しく誤解されているらしい状況に変な笑いが出そうだが腹の奥底へと沈め込み、堪えるように手を握りしめた。
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