第85話 聖女は不確実な話に想像を巡らせる②

「辺境伯がどーせ撃退するから大丈夫だろ。それよりもだ、なんで王妃や王子に接触したのかが謎なんだよ……まだ軍を置いてなかった時期の筈だから、先んじて宰相が辺境伯に潰されてたら侵入口を失うだろ? タイミングとしてはちょっと変な気がしてな」


 あぁ確かに。宰相が潰れていたら……どうするんだ?もう一方の王妃に鞍替え?いやでも結局王妃の支持基盤って基本的に派閥の関係で宰相と同じようなところの筈だよな……ひょっとして王子の後見につくとか?それで背後からレリレウス王国を支配するとか?


 不意に兄がじっとこちらを見てきた。


「ひょっとしたら、お前が目的なのかもなって……」

「私? ―—って、聖女がって事?」

「わからん。だけど他に何も思いつかん。

 仮にお前が目的だとしても、なんでこのタイミングでラーマルナが欲しがるのか……あっちは精霊信仰がほとんど行われてないからな」


 そうそう。ラーマルナって元々レリレウス王国うちから派生して出来た国だけど、精霊信仰がほとんど行われていない国なのだ。魔法は重要視されるけど加護に関しては全く重要視していないから、聖女なんて精霊信仰で祭り上げるような対象を欲しがる理由がないように思う。


「聖女だからといってうち程人心を掌握する助けにはならんし……単にこのレリレウス王国が嫌いで嫌がらせっていう理由なのか、それとも何か加護の力を必要とする事態があちらで起きたのか」

「あぁなるほど、その可能性は考えてなかった。でもそれにしてはやり方が豪快っていうか、もっとこう早々に拐っていって治療させる方が手っ取り早くない?」

「だよなー……」


 兄も行儀悪くジャガイモのスープをぐるぐるとかき混ぜる。クルクル回るクルトンが頭の中を表しているようだ。


「それよりは王子の後見になって裏からレリレウスを操るとかの方がありそうじゃない?」

「そんな事他の奴らが許すかよ。窓口になる貴族が絶対に必要だし、それはあの王妃じゃ務まらないぞ」

「他にも接触してるのがいるとか?」

「まぁ……その可能性もなくはないが……」


 考えに沈んだのか、スプーンを握ったまま動かなくなる兄。


「ま。とりあえず明日の宣言が終われば私はここから逃げ出して辺境伯様のとこに帰る予定だから…………そうか、ひょっとするとそのままラーマルナとぶつかってる現場に行き会う可能性もあるのか……」


 言いながらその現実に気づいて私も固まる。


 いやいや、でも結局宰相とぶつかってる現場になるかラーマルナとぶつかってる現場になるかの違いぐらいしかないだろうし、そこは覚悟決めたじゃないか。


「兄さんはここから脱出したらどうするの? 父さんも母さんも辺境伯領で世話になってるけど」

「俺は……まぁ適当にやるさ」


 急に投げやりな感じになる兄に、まてまてと思う。


「適当って、戦争になるかもしれないのに? いい加減母さんを安心させたら?」


 なぁ跡継ぎ殿よ。


「めんどー」

「うわ。はっきり言ったよ」

「俺はフラフラしてる方が楽しいの」

「領民はどうなるの」

「そこはー……もう国に接収してもらってもいいんじゃね? お前が王弟に嫁いだんだから」

「目の前に正式な後継者殿がおられるのですが?」

「行方不明って事でよくない?」

「激怒するよ。母さんが」


 兄はがしがしと頭を掻いて、それから髪が崩れたのに気づいて舌打ちして手早くまとめ直した。


「あと一人ぐらい生めるだろあの二人なら」

「うわ。鬼畜な発言。ちょっと兄さん? 高齢出産がどれだけ女性の身体に負担を掛けるのかご存知でしょうか? 母さんに死ねって言ってるの? ん?」

「んな事言ってねーだろ。年中いちゃついてるんだから出来るだろって話で」

「それとこれとは話が違うの。妊娠は母体の免疫が落ちて危険だし、出産だって比喩じゃなくて本当に命がけで生んでるんだからね? 将来兄さん奥さん貰ったら本当に大事にしなよ? 人一人生むのって本当に大変な事なんだよ? 無事に生まれてくるって本当に奇跡みたいな事なんだからね? 男ってどうもその辺の認識が甘いっていうか、本当一度でいいから妊娠中の悪阻とか寝づらさとか出産の痛みだったりとか味わってみればいいのに」


 まじで。本当に。生まれてくるのが当たり前みたいに思ってる奴らは全員すべからず経験すればいいのだ。

 妹が妊娠した時は水も吐く程の悪阻で旦那さんはオロオロしっぱなし、お腹が大きくなってきてからは腰痛やら胸が張って痛いやら仰向けに寝れなくて寝づらいや時々すごい蹴りを内側から喰らって痛いわいろいろあったと聞いている。出産するときは母が付きそう予定だったのだが出来ず私が駆け付けたのだ。その時の痛がりようはすごくて、我慢強い妹が獣のように呻いて壁を叩いて、最後には音を上げる姿は本当に衝撃的だった。しかもへその緒が絡まってて緊急帝王切開になって、出産後もお腹の痛みで絶望的な顔をしていた。帝王切開なら最初から帝王切開にしてよ……と、呟いていたのをよく覚えている。


 まくしたてる私に兄はお手上げと両手を上げた。


「わーったわーーった。悪かった」

「じゃあ母さんに馬鹿な事言わないでよ」

「わかったよ。そもそもそんな気ねーよ」


 冗談かよ。紛らわしいなまったく。

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