第83話 聖女は装備について相談する
噂はなんと一日で広まった。
翌日の夜に噂を仕入れてきてくれた兄が教えてくれたのだが、王妃の侍女あたりから猛烈な勢いで広がっているのだとか。既にミルネストの聖女は王子と結ばれているとか、辺境伯が聖女を捕まえて洗脳していたが王子の愛で解けたとか……
愛って。
出会い頭の印象的な出来事に生ぬるい笑いが零れたが、予想通りと言えば予想通りの展開に驚きはない。ただちょっと頭の隅で辺境伯様が余計な事をするなと青筋立てている気がしたが、あっちだって私の貞操を守ってくれないのだから自衛するしかないと反論しておく。
現に王子が突撃してきたのだ。誰にも止められた様子もなく。
所詮影ってのは見守り隊なんだろうよ。わかってたよ。
「お前のその冷静なとこ、ほんと可愛くないよなー。少しは動揺しろよな。あと嫌がれ。旦那が不憫になってきたわ」
「そこは合理的だと言って欲しいんだけど。嫌は嫌だけどもっと嫌な事を回避するなら構わないってだけだから。そして殿下を不憫がる前に私を不憫に思って欲しいところなんですが?」
夕食を兄と食べながら実家と変わらぬ気楽さで言い合う。
「こっちはメソメソしない分やりやすくていいけどな。宰相と話をつけてしばらくは王子出禁にしたからそこはまぁ安心しろ。王妃の方の連中も別口で抑えたし」
「聞いてる? ねぇ、人の話聞いてる? 目の前に不憫な妹がいるんですけど」
「不憫な奴は自分が不憫だなんて主張したりしねーよ」
……ふむ。確かに?
「どっしり構えてる奴を不憫がるなんざただの阿呆か憐れむ自分に酔ってる馬鹿だろ」
確かに……
「ところでさ。前に作った護身用のあれ、私達も準備した方がいいかと思うんだけど」
「露骨に話を変えてきたな」
「ドレスの下にはさすがにあの形状じゃあ仕込めないと思うんだよね」
「お前こそ人の話聞いてねぇじゃねぇか」
ぴっとフォークを向けてきた行儀の悪い兄をさらりと無視する。
「だから耐久力は落ちるけど布タイプの奴で作ろうかなと考えてて、でもドレスの形的にどういうものがいいかわからなくて意見を聞きたいんだけど」
「………用意してあるドレスは首元から手首まで全部覆ったタイプだから、布で出来るならわりあいどんな形でもいけると思うぞ」
よし。乗ってくれた。多分に諦めが入っているのは感じるが気にしない。
「じゃあ伸縮性があって動きに支障が出ないような感じで……全身タイツみたいなのはどうだろう」
「全身たいつ?」
そういえばこの国にはまだタイツが無いんだった。
「伸び縮みする布の事。ただアレは糸自体に伸縮性が無いから織り方でそれを持たせるからそこまで伸びないかも?」
「ふぅん?」
興味が出てきたのか兄は思案するように視線を外した。
「後で実際に出してみる。兄さんも下に着こんでれば安全性は上がるよ」
という事で食後に実物を出して見る事になったのだが、全身タイツを出してみていざ着てみるといろいろと不備が出てきた。
「……激しい動きは無理だな」
ぴっちりしたタイツを四苦八苦してやっと着た私に兄は言った。
「……反論したいとこだけど、事実だね」
まず、着るのが大変。
思ったより本当に伸びないのだ。
そしてその場で軽くジャンプしたり腿上げしてみたり腕を振り回してみたりしてみてわかった。ちょっと動きづらい。特に関節部分とぐっと力を入れて筋肉が盛り上がったところがきつさを感じる。動けないわけではないが、抵抗を感じるのであまり良いとは言えないだろう。
「いやぁ……いくら家族とはいえ微塵の迷いもなくその姿を晒すお前がすごいわ」
恐ろしいものを見る目で言われて、ふと冷静に自分の姿を確認する。
ぴったりとしたそれは間違いなく全身タイツで、色合い的に芸人がテレビで宇宙人を模して着ていたものに似ている。要するに足の形も尻も腰も腹も胸も全部ラインがくっきりはっきりばっちりわかる銀色(若干青)タイツ。これで頭もすっぽり覆って触角をつけていれば宇宙人仮装としては満点が貰えるのでは?
「あー……まぁ、兄さんだし。ほら、もろ見せしてるわけじゃないし」
この国の女性としては著しく常識からかけ離れた格好をしている事を遅まきながらに自覚したが、それを言うなら着る時に言って欲しい。予想がついただろうに。
ベッドの影に行ってまた四苦八苦しながら脱いで部屋着へと戻ってくると、兄は額を押させたまま頭が痛そうな顔をしていた。
「まじでお前を嫁にした奴が不憫だ」
「またそれ? 政略結婚だからいいでしょ別に」
「それを言う資格は旦那にあると俺は思うぞ。いくらなんでもこれは酷い」
「細かいことをぐちぐちと。そんな事よりどんな形にすればいいのか考えてよ」
兄は頭に手をかけて、きっちりと結んでいるのを思い出したのかもどかしそうに手を降ろしてあーと声を出した。
「そうだな。言ってもお前響かないもんな。やる事やった方が精神的にいいな。
えー……俺の場合は侍女服だからそこまできっちりしたものでなくて問題ない」
「ふむ。じゃあ長袖のシャツみたいな?」
試しに出してみると、兄は手に取り布状のそれの伸び具合を確認して頷いた。
「問題なく仕込めるな。お前のドレスは袖の部分がかなり細身だからこの長袖だと皺が出る。さっき程とは言わないが身体に合わせたものがいい」
なるほど。こんな感じか?
タイツとは言わないが、なるべく身体のラインに合わせた、しかし関節部分はすこしゆとりを持たせたシャツを作って見せると、頷かれた。
「それなら大丈夫だろう。それと、ドロワーズの形で作っておけば下に履けるぞ」
「あぁ確かに………でもドロワーズである必要はないか」
少なくとも兄の方は足首まで隠れるスカート姿なので、ジャージタイプでも問題ない筈だ。紐で縛るドロワーズよりもゴムの方が履きやすいし動きやすいだろう。
とりあえず兄用に一本作って見せると、お気に召していただいたようで指で丸を作っていた。
「俺にはいいけど、お前のドレスだと少し足首のところが見えるかもな」
「短めにするわ」
ほいっと出して自分の足に当てて見せると、その長さならいいぞとオッケーを貰った。
下に装着するものはこんなものかねぇと二人で一息ついたところで、徐に兄は最初に試作した全身タイツを手に取っていた。
「しっかし。お前、よくこんなすげー形のもん思いつくな」
失敬な。全身タイツっていうのは芸人御用達になっているけど、元をたどればサーカスとかで作られた由緒正しき芸術の服の一つなんだぞ。全身の筋肉の躍動感とか美しさとか余す事なく表現するために生み出されたものであって、そんな下着以下を見るような目で見るもんじゃないんだからな。って、言えないけど。
「そういえば兄さん。ドレスの事なんだけど、それって一人でも脱げそう? 騒ぎを起こしたらそのまま逃げる予定だから、不足の事態に備えておきたいんだけど」
「問題ない。腰のところの留め金を外せば下の型枠もスカート部分も全部落ちるようにしてある」
おおブラボー。手際良すぎでございますお兄様。
「脱がせやすいようにって誘導したら一発だったわ」
理由は聞きとうございませんでしたお兄様。
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