第76話 聖女(撒き餌)の王宮生活①

 今まで行った事がない王宮の奥まった場所(たぶん客室ではなく王族の関係者が賜る部屋のどこか?)で私は監禁という名の療養をする事になった。

 窓は釘か何かで止められているのか開かず、ドアには外側からの鍵がかかる様になっており内側からは何も出来ないように改造されている。

 その辺は前もって話を聞いていたので衝撃もなくやっぱりな、程度で受け止める事は出来た。


 が、衛生面に関しては本当に、本当に!兄が居なかったら終わっていた。


 つきっきりで世話をしてくれるのが兄だったから水を使って体を拭く事もできるし、頭を洗うことも出来た。兄が全く水に対して恐怖心を持っていなかったのは意外だったが大変ありがたかった(『視る』加護持ちなのだから、水が危険かどうかなんてそりゃわかるわけだと言われてから気づいた)。

 そうでなかったら香油を垂らした布で拭くだけという事態になっていただろうし、トイレはもっと酷い事になっていただろう。辺境伯領のように水洗トイレではないが、土を用意して分解する事が出来るから精神的苦痛はかなり軽減された。


 そこは良かったのだが、やはり敵対勢力が根城にしているだけあって兄の協力があったとしても突然の訪問を防げるものではなかった。


 昨日の今日で微熱が続いてベッドの住人と化している所に王妃が突撃してきたのだ。


 兄は完璧な侍女の顔ですぐにこってこてのドレスを着せて髪を纏めてくれているが、その顔の下ではわりとイラついているのがわかった。兄は感情を抑える時親指を隠す癖があるのだ。


 無表情の兄に大丈夫だと軽く頷いて見せて、兄が開けてくれたドアを潜る。


「聖女と言う割にパっとしない貧相な娘ね」


 私が準備している間——と言っても、ものの数分だが――待たされていたせいか、背後に五名の侍女を控えさせた王妃はトゲのある言葉をぶつけてきた。


 歳は兄曰く三十七。色味の強い金髪におっとりとした菫色の垂れ目と、濃いバラのような紅をぬった唇が、真っ白な白粉を塗り固めた肌にヌゥっと浮き上がりちょっと艶めかし過ぎる感じの肉感的美女だ。

 その癖、高く結い上げたカツラの中には何故か独創的な動物の彫り物が鎮座しており、果たしてこれは最先端ファッションなのかそれとも全力で笑わせにきているのか……いや前者だと理解はしてるが、猫と狸の中間のような置物が招き猫のようにででーんとまします光景に吹き出さなかった自分を褒めたい。


 私が必死に笑わないよう強張った顔でカーテシーをすると、王妃はパシリと広げていた羽のついた扇を閉じて近づいてきて、ぐっと私の顎をその扇で持ち上げた。

 あ。やめて。直視するとちょっと。いろいろと……重くないのかな。材質は木?象牙的な?そういえば中世ヨーロッパも髪の毛を盛りに盛って船とか飾る人いたんだっけ?あぁ駄目だ意識がもってかれる。なんかアライグマっぽくて○スカルに見えない事もないような――


「お前にはこの国で最も栄誉ある称号を授けてやりましょう。誰もが憧れる美しい王子ラウレンスの妃よ。感謝に咽び泣いてせいぜいその力を役立たせる事ね」


 至近距離でニタリと笑む王妃は、控え目に言っても悪の親玉的人相であった。


 だが恐怖とか不安とかそういうものよりも、こういうお人って本当にいるんだ……というのが感想だった。頭に変なの乗っけてくるから、ファッションだと自分に言い聞かせても、もうギャグにしか見えなくて……頑張れ私の腹筋!コルセットで既にギチギチで力を入れる隙間が無いけど!


 まぁこういうのも傍に兄が控えていてくれたからそんな呑気な事を考えられるのだろうが。

 と思っていたその時、素早く彼女の手が動いたのを察知して咄嗟に顔を横に振った。


パシンッ


 乾いた音を立てて私の頬を打った羽扇子が折れたのが見えた。

 だが頬に受けた感覚が全くない。不自然な事態に疑問が浮かぶが、咄嗟に打たれた筈の頬を抑えてよろめいて倒れた振りをする。クリノリン付きじゃ無いドレスで良かった。倒れやすい。あれつけてたら地味にぶつかって痛いし綺麗におっぴろげしていただろう。


「ふんっ。所詮聖女といってもたかだか珍しい力を持っているだけのただの娘ね。——精霊なんて………ないのよ。馬鹿らしい」


 後半何事か呟いていたが聞き取れなかった。

 ただこちらを蔑む目の中に、僅かに悔しさや憎しみのようなものがあったような……


 何をしたかったのかわからないが、やるだけやって気が済んだのか王妃はフンと鼻を鳴らして、冷笑をこちらに向けてくる御付きの侍女をぞろぞろと引き連れて行ってしまった。


「……悪役街道まっしぐらみたいな人だね」


 出て行ったのを確認して思わず呟いたら兄に声なく笑われた。


「アレを前にしてそれだけ平常心を保てるなら上出来だな。頬は? 見せてみろ」

「それが全く痛く無かったっていうか、打たれた感覚もないの。最初から受け流すつもりで顔は動かしてたんだけど、触れてなかったらあの扇子壊れないよね?」


 当てていた手を外して言ったら、くくっと兄は笑った。


「さすが、うちの家宝なだけあるじゃないか」

「家宝? ……ってまさか」


 胸元まで覆われたドレスから鎖を引っ張りカメオを出す。


「これ?」

「それ。すごいだろ? 『守る』って加護の力が込められてるんだよ」

「は? 物に加護って込められるの?」


 ほらほらと兄に引っ張り起こされて寝室に戻り、締め付けられていたドレスとコルセットを手早く脱がされ、ベッドの中に転がされる。寒いからな。王都って辺境伯領よりも北に位置するから。なのに胸元もろ出しドレスで闊歩するご婦人の逞しさよ。


「今はもう難しいけどな。昔はかなり加護の力も強くて出来たって話だ」

「へぇ……そうなんだ。知らなかった」


 というか、こんな古ぼけたペンダントがそんな大層な力を持っていたとは……


「よくうちにこんなのあったねぇ」

「そりゃまぁジェンス家ってのは古さだけは王家に匹敵するからな」

「建国当初からあるって事?」

「そ」

「その割に男爵なんだ」

「そこはまぁ、御家柄っていうか? 父上殿を見ればわかるというか?」

「なるほどそういう一族なわけだ」

「まぁそういう感じだ。ほれ、もう寝とけ」

「はぁい」


 兄の優しさに感謝しながら、辺境伯領あっちは大丈夫だろうかとちらと思いながら目を閉じる。

 だがすぐに目を開ける羽目になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る