第77話 聖女(撒き餌)の王宮生活②

 寝室横の続きの間から何やら大きな声が聞こえてきた。

 「そこをどけ」とか「俺の妃となる者ならば別に寝ていようと構わないだろう」とか。


 まじですか。王子、女性の寝所に押しかけるとかマナー違反にも程があるだろ。しかも理由が興味本位とみた。お前お手付きされた相手は興味ないんじゃなかったのかよ。どうなってんだ。


 止めてくれている兄はどこから声を出しているんだという、うっとりするような嫋やかな声を出して王子を宥めている――というか、誘っていた。

 曰く、どうせ目にする機会はあるのだから聖女といえどちんくしゃな顔など見る必要もないだろう。それなら少しばかり遊んでいかないか。と。


 聞こえた声の内容に喉の奥で悲鳴が洩れそうになった。


 兄ぃ!? さすがに触ったり脱いだりしたらバレるだろ!!


 飛び起きて足音を忍ばせて(そこそこ毛足が長い絨毯だから忍ばせなくても平気だけど気分だ気分)、ドアにぴったり耳を当てる。


「なんだお前は」

「聖女のお世話をするようにと仰せつかりました。今はこちらに無理やり連れてこられた形の聖女の御心を解している段階なのですわ。その方が殿下もやりやすいとお思いになりません?」

「……なるほど。聖女を懐柔しようという事か。あの男の考えそうな事だ」

「ですが聖女は純粋というか単純というか……殿下には少し物足りないかもしれませんわねぇ…」

「ほぅ……そう言うという事はお前は物足りるとでも?」

「さぁそれはどうでしょう? お確かめになさいます?」

「ふんっそんなわかりやすい手に乗るか」

「それは残念。でも――————」


 声を潜めたのか、何を言っているのか聞き取れない。


「何を当たり前のことを―――まぁ、どうしてもというのなら」

「いやですわ。そんなはしたない――――ならよろしいですけれど?」

「も、もういい」


 何やら声を潜めたあたりから王子と思われる人物の声が狼狽えだして大きな音を立ててドアが閉まった。

 しばらくそのまま耳を澄ませてみたが、どうやら部屋を出ていったようだ。


「のわっ」


 耳をつけていたドアが向こう側に開いてつんのめったら、上から大きな溜息が降ってきた。


「お前……なにやってんの」

「いやいや兄さんこそなにやってんの。よくもまぁ自分から誘いかけるような事するね?」

「あんなガキ手玉に取るなんざ何でもないんだよ。心配してないでさっさと寝ろ」

「……なんか兄さんのこれまでの来歴が非常に気になってきたんだけど」

「あぁん? 俺の輝かしい歴史を語ってやろうか?」

「いえ結構です」

「ほれほれ、さっさと戻れ」

「あ。そういえば」


 王子で思い出した。


「ん?」

「辺境伯領で私と王弟殿下のお披露目やった時に薬使われた御令嬢に襲われたんだけど、その黒幕がどうも王子らしいんだった」

「あ?」


 ドアを閉めようとしていた兄の顔が真顔になった。


「お前な、言い忘れるか?」

「いやごめんて。ほら拐われて緊張状態続いてたし体調悪かったし?」

「阿呆。んな言い訳通るか。詳しく話せ」


 真顔の兄に迫られて、ええとと記憶を整理する。


「背後関係がどうなっていたのか具体的な事はわからないんだけど、ハーバード伯爵家の娘さん、ドロシーっていうんだけど、その子が狂薬を侍女に扮した何者かに盛られていたの。元々シャ――王弟殿下に恋慕っていうか、父親から落とせって言われてたから突如伴侶として現れた私が邪魔になって、薬のせいで幻覚も見ちゃってて私を殿下を誑かす化け物だと思って短剣振りかざしてきたのよ、白昼堂々っていうかお披露目の会で」

「お前に短剣って、そりゃまた無謀な事を」

「そこはいいから。で、捕まえて調べたんだけど父親の伯爵は何も知らなくて、使われた薬を辿ったら王子に行きついたって辺境伯様が言ってたの」

「王子に、ねぇ………」


 兄は珍しく眉間に皺を寄せて腕を組んだ。


「辺境伯様は宰相の仕業に思わせて辺境伯家と争わせようとしていたんじゃないかって言ってたけど、何かわかる?」


 兄は目を細めたまま考えているようだ。


「……んー……いや、わからんが……なーんか、あの王子っぽくないな」

「ぽくない?」

「あいつ享楽的な奴だからそんな事思いつくかどうか……それに伯爵家に人を送り込んで毒を盛らせる事が出来るような人間を抱えている様子も伝手も無いんだよな……後ろになんか唆した奴がいるような気がする」

「……誰?」

「わからん。予想はいくつかあるが……一番嫌なパターンはあれだ、ラーマルナの干渉だ」


 ラーマルナと言ったら、王都から西側にあるミルネスト侯爵領の、さらに向こう側にある隣国だ。

 もともとはうちのレリレウス王国だったが、公爵家が大公として公国を名乗り国を立ち上げたのだ。昔はドンパチやる相手だったらしいが、数代前に停戦条約を結んで今は互いに不干渉になっているはずの国なのだが。


「うちが弱ったところを何度も狙ってきている国だからな……」

「国境が接してるミルネスト侯爵家宰相の力を削げば侵攻出来るって思ってるって事?」


 兄は難しい顔をして私を再度ベッドに引っ張った。


「……それならいいが」

「いいがって……良くないと思うけど」

「まぁ……もう少し調べてみるわ」

「え、無理しないでよ?」


 平気平気と兄は手をひらひらとさせて出て行ってしまった。

 飄々としている兄だが、あの顔はマジだった。


 ……国内だけで手一杯なのに勘弁してほしいわ。兄さんも無茶しないでよ、ほんと。

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