第71話 聖女(撒き餌)はドナドナされる②
アクションがあったのは夜が明けてからだった。
一晩寒さに耐えていたらちょっと鼻水出て、喉がイガイガしてガタガタ震えてしまっていた。腹だけはバレないように魔法で温めていたし身体は割合丈夫な方なんだが、ここのところ寝る間も惜しんでいろんな事やってたからそれが祟ったのかもしれない。まったくついてない。辺境伯様ももうちょい早く言ってくれたらこっちだって体調整えて待ち構えていたのに。
黒装束を解いてごく普通の平民風の服装になった一人が、監視の交代にか馬車に乗り込んできた時に私の様子に気づいたらしい。
小声で監視役の男にボソボソと何か怒っているようだが、頭が割れるように痛くて聞き取れない。
どこかへ行ったかと思ったら、もともと居た監視役が面倒そうに毛布やらなんやらもってきてぐるぐる巻きにされた。
ちょっと埃っぽいし匂いもなかなかですな……
などと考えつつそこで目を覚ました事にしたのだが、目を覚ますなり大人しくしていれば命は取らないと言われ、元々そのつもりだったので、震えながら頷く。
怖くて震えてるのか寒くて震えているのか向こうには判別つかないだろう。冷静であろうとしているけど、実際のところ自分でもわからんし。覚悟していたとはいえやっぱり怖いものですよ。はい。
目を覚まして見せてもそれ以上何かをいう事は無く、彼らに関する情報は何も得られる気配はない。強いてあるとすればそれぞれ体臭があんまりしないという事ぐらいか。隠密行動を主な仕事としているのならそりゃ匂ったら仕事にならないかとガンガンする頭で考える。
息を吸う度に埃も吸ってしまってゲホゲホと何度か咳をしていると、最初に私の様子に気づいた相手、背が低い小柄な男が戻ってきて元々いた監視役と交代するなりぐるぐる巻きにしていた毛布を引っぺがして私の顔を両手で掴んで黒々とした目で覗き込んできた。
ここまで真っ黒な目というのはそういえば前世以来初めてかもしれない。
働かない頭でその目を見ながら、たぶんこの人、見る系の加護持ちなんだろうなぁと思う。しかも加護の使い方に不慣れな。
見る系の加護って、よく見ようとすると見えるってのが多いからどうしても最初はこうやって近づいて見ようとするのだ。ちなみに真逆の広範囲を俯瞰して見る『観る』加護持ちは最初躓きやすいと知り合いから聞いた。
そんな事を考えて気を紛らわせていると舌打ちをされて、背丈に見合わない低い声で口を開けろと言われた。
寒さが尋常じゃなくてガタガタ震えながら、それって口に何か入れられる奴ですよねとか思っていたら無理やり手でこじ開けられて粉っぽいものを突っ込まれ、さらに水を流し込まれた。
「熱さましだ。毒ではない」
たぶん嘘じゃないだろうなと、感情の読めない目を見たままごくんと飲み込む。水の混ざった粉はとんでもなく苦かった。これ、あれだ。ブラモンドっていう熱冷ましだ。四つ程の生薬を混ぜた薬で、いつまでも舌に残るこの苦味は忘れようもない。
私が嚥下したのを見て、男はわずかにホッとした様子を見せ持ってきていたらしい新しい毛布(臭くない)で再び私をぐるぐる巻きにすると、そっと私を横にした。そしてそのまま私の前に腰を下ろすとじっと見降ろしてきた。
……寝づらい。
いや、まぁぶっちゃけ振動と寒さとあと熱が高くなってきたせいで身体の節々が痛んで寝にくいのだが、心理的にも寝にくい。
他に意識を向ける余裕なんて実はそんなにないのだが、それでもやっぱり完全に無視して寝てしまえるほど私もお気楽人間ではない。
下から見上げる男の顔は、まだ若い。十代後半かそれくらい。顔立ちがこの国の人よりも薄いので身長の低さと髪も目も黒いのが相まってちょっと日本人を連想させる。肌は黄色人種ではなく、褐色だが。
外国の出身かもな……
裏稼業の方の素性など普通ではないだろうから、これまでどういう経緯をたどってきた人なのかはわからないが、不思議と威圧感や荒んだ様子は見受けられなかった。
しかし、本当に寒い。毛布にくるまっていても全然寒気が収まらない。
涙でぼやける視界でどうしたものかと、見る系加護持ちの男の前でなんとかそうと気づかれずに回復する手段はないものかと考えていると、私の前に座っていた男が動いて私を起こした。何をするんだろうと思っていると、男の膝の間に座らされてそのまま後ろにもたれかからされた。
「寝ろ。何もしない」
後ろから抱き込まれるような形に、さすがに硬直していると低い声で言われた。
宣言通り男はそれから一切動きがなく、ただ私を支えているだけだった。
ごわごわした厚手の毛布ごと抱えられているので最初はわからなかったが、じわじわと背中が暖かくなってきて無意識のうちに強張っていた身体から力がぬけた。
暖房代わりか、と理解した時にはもう瞼が落ちていて私は眠ってしまっていた。
次に目を覚ました時、まだ馬車はガタガタと揺れていた。けれどあまり床の固さを感じなくて、見るとクッションのようなものが挟み込まれていた。
そして眼前にはあの若い男が座ってじっとこちらを見ていた。
あまりにも気配が希薄だったので居るとは思ずびっくりしていると。男は手を伸ばしてきて額に触れた。
「まだあるか」
熱を測ったらしい。
本当は額を触るよりは首筋を触った方が熱を見る時は確実だったりするのだが、民間療法だとどうしても額を触る方が多いよな。
ぼけーっと見ていると後ろから何かを取り出して小さなナイフで器用にくるくると皮を剥き始めた。
そして手のひらでざくざくと切り分けると木の器に入れて私の前に置いた。
りんご、だと思うが。
「食べろ」
のろのろとだるい身体で手を伸ばし一切れ掴んでしゃくりと齧ると酸っぱさが口に広がり耳の下がキュッと痛くなる。野生に生っている味だ。だが、喉が渇いていたのかその果汁がおいしい。それでも胃の方があまり受け付けなくて一切れだけで限界だった。
「ぁり…とう、ございます」
しゃがれた声でとりあえずそれだけ言って手を引っ込めて丸まる。
男はじっとこちらを見ていたが、しばらくしてから残ったりんごをしゃくりしゃくりと食べ始めた。
勝手に思い浮かべていたこういう裏稼業の人とはちょっとイメージが違う人だ。とらえどころがない。
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