第二章 襲撃
第70話 聖女(撒き餌)はドナドナされる①
あれから間を置かず何度も精霊教会へと足を運ぶ傍ら、先生と疾病についての対策と対応について議論を重ねたり、教育が終了して仕えてくれるようになったドロシー嬢に侍女仕事の傍、私の魔法練習に付き合わせる名目で彼女の魔法をや加護を扱う練習をしたり前提知識となる追加の資料を書いて渡したり、突撃訪問してくる上下水道チームのおじさん達にちょっくら思い出して作った鉱物に反応する試薬という存在を伝えてみたり、生物を使用した水質判定装置を提案してみたり。そもそも毒物がどういうものなのかを考えるために必要な化学の基本知識をアルノーさんを捕まえて確認作業に付き合ってもらって纏めて渡してみたり。まぁ、いろいろやった。
シャルとは、あれからかなり砕けたやりとりをするようになった。
偶に忙し過ぎて帰ってこない事もあったが、大抵帰ってきて二人になるとお疲れ様ですとマッサージしたり、加護について相談を受けたり、私が纏めている資料の事を話したり、前世の世界の事——兄と妹がいて、兄が医者をしていたり結婚した妹の子供を可愛がらせてもらったりした事——を少しだけ語ったり、そんな事をした。
で、何故ここ半月の事を思い浮かべているかと言うと、絶賛人生二度目の人攫い(一度目は言わずもがなのグレイグだ)に会っているため冷静さを保つためだったりする。
寝ていたところ、忍び込んできた何者かに口を塞がれ拘束され肩に担がれえっさほいさと運ばれた先で荷馬車に転がされて(グレイグみたいに投げ込まれてないので痛くはない)、ごとごとごとごとと運ばれ続けている。希望を言うなら板張りにそのままはちょっと身体が辛い、ぐらいか。
で、何故抵抗しなかったのかというと、前日に辺境伯様から頼まれたからだ。
拐われてくれ。って。
聞いた瞬間これはあれだ、母の予想通りだとピンときた。
頭を切り替えて状況について確認すると、王都——宰相側からは私の召喚状が届いていたがそれを突っぱねており、絶対に渡さないという姿勢を見せたため焦れた向こうが強硬手段に出るところだという。
辺境伯様の予想としてはそれでも正規の手段で召喚を強行してくるものと見ていたらしいのだが、予想以上にあちらが短慮だったらしくどう考えても向こうにとっては悪手な方向に舵を切ったので笑いが止まらない。と、悪だくみする子供のような顔をして言われてしまった。
そりゃまぁ本当に拐うとなれば確実に理はこちらに出来ると思いますがね。
でもその辺の私の安全性はどうなるんでしょうかと聞いたら、影をつけると言われた。
影、ね。影。それって要するに見守る要員ですよね。計画優先の。
いろいろ飲み込んでその後の流れを確認すると、私が王都に運ばれて人目にさらされたところで拐われた事を声を大にして主張、即刻裏方さん達の力を借りて撤退(陛下と同時に姿をくらませなければならないので、拐われたと騒ぐのは裏方さんからの指示が来てからだ)。そこに私を拐った犯人が宰相だという事で乗り込んで制圧、そのまま王位をシャルに移譲するという事らしい。
そんなに上手く行くのかな。と、思ったりもするが、私の存在はこの辺境伯領ではかなり広まっていて、辺境伯領以外にもどんどんその知名度を上げていっているらしい。そしてやっぱり聖女の存在っていうのは特別らしくて、精霊が認めた婚姻関係にあるシャルから無理やり引き離すというのはご法度という認識らしいのだ。母よ、あなたの読みが正しかったよ。
もちろん情報操作して辺境伯家に有利なようにするのだろうが、王位譲渡の証文以上の大義名分が成り立つという事でそのような計画に微修正されたそうだ。
ちなみに、私の加護に関しては絶対にバレるなと言われた。なので基本的に加護の力は『生える』方向で制限され(教会での治療も欠損だけだったのはその辺りが理由だったんだろうな)、魔法に関してもいざという時に油断していただくために大した事が出来ない振りをしている。
尚、ドロシー嬢を使った勢力はどうもラウレンス王子の差し金らしく、宰相とはまた違う勢力からのちょっかいだったようだ。その意図についてはちょっとよくわからないが、辺境伯様曰く直近で再度命を狙ってくる可能性は低いとの事。そもそもドロシー嬢を使ったのも命を狙ったというよりは辺境伯家と宰相家を争わせたかったような節があるとかなんとか。
とりあえず、引き受けてもいいがもう無理と思ったら全力でもって離脱すると言ったら笑って許してくれた。
そこを許してくれたのは良かったのだが、問題はこの話をサシで話された事だ。
念のためシャルは知っているのかと問うと、一応、と返ってきた。
何だ、一応って。
一抹の不安が過りどこまで知っているのか聞くと、私を一度王都へ送るという事は理解していると……
それ、召喚に応じるという場合と、無理やり拐われるという場合ではかなり心理的なインパクトが違うんだが。
頭痛を覚えながら、詳細を伝えないのかと問えば、怒るのが目に見えているから引くに引けない状況に追い詰めた方があいつは動くと言われてしまった。
やっぱり小娘が一回言ったぐらいでは改善されないかぁと、妙に納得もしてしまった。そういうわけで、その場は私が何を言ったところで無駄だろうと思い諦めた。
ただ本当に何も知らせずにというのはアレだと思ったので手紙をしたためておいた。内容が少々愚痴っぽくなってしまったのは、まぁ腹黒辺境伯様にイライラしていたので……。あとちょっとシャル的には嫌な相手に手紙を託してしまったが、今のところ確実に渡してくれそうで私が接触出来る相手が彼女しか思いつかなかったので、そこは手紙の中で謝っといたが……
とりあえず、辺境伯様と仲違いせずに事を進めていただければなぁ……長年付き合ってきた仲だろうから大丈夫だとは思うけども。多くの人の生き死にがかかっているのだ。そうでなければこんな役回り熨斗付けて返却していた。
ガッタンと大きく揺れて、身体が跳ねて床にぶつかった。痛い。
口元でなんか嗅がされた(気配を感じた時から起きてたので、呼吸に合わせて風魔法で吸い込まないように調整していた)ので、寝たふりしているのだがいつ起きたら怪しまれないだろうか……結構辛くなってきた。あと、ちょっと寒い。
そういえばこの辺境伯領に来てから結構経つ。
もう作物の収穫時期は迎えていて、これから冬支度をする頃だ。雪とかは振らないがそれでも気温は下がり朝方に霜が降りる事もある。今はそこまでではないが朝晩はやっぱり昼間よりも気温は下がるので厚手とはいえ寝巻きであるこの恰好だと厳しい。
なんかないかなぁと思うものの、薬を嗅がされた体でいるので目をあけるわけにもいかない。荷馬車のようなものに乗せられた後は、近くに一人が監視するようにずっと残っているのだ。そいつがいなければ魔法でしっかり暖をとったりも出来るのだが、こうも近くで監視されていては大したことが出来ない。
事前に相手が宰相家の影だと辺境伯様に聞いてはいたが、彼らは基本的に無言で、やりとりをするのも小声。それぞれ役割分担をしているのか動きに迷いがなくとてもプロフェッショナル。
近くで私を見守っていてくれている辺境伯家の同じく隠密的な誰かさんが居る筈だが、そちらに関しては全くわからない。魔法で探ればわかるだろうが、当然そんな事をしたら彼らにもバレてしまうかもしれないので只管大人しくするのみである。
しかし寒い。羽織とかさせてくれるわけもないからしょうがないんだけど……
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