第72話 聖女(撒き餌)はドナドナされる③

 道中、私を監視するために傍に張り付いていたのは例の背の低い男だけだった。

 若い事から下っ端かと思ったのだが、どうも違うようで他の男達が何度か確認するように声をかけているのを見た。

 指揮官側なのかなと思いはすれど、相変わらず言葉を交わす事は無い。


 トイレの時は馬車を止めて降ろして貰えるが、目視できるところまでしか行かせてもらえず何の苦行かと……。いや、まぁすぐ横に立たれているよりはマシなんだけどさ……


 でも、辺境伯家の隠密的な人もいるんだよな?

 と思ったが、そこから先は考えない事にした。考えたところで現実は変わらないし、羞恥心が天元突破するだけだ。あぁあぁ考えない考えない考えない。


 精神的にもガリガリ削られながらわかる範囲で三日過ぎたところで、私は箱の中に詰め込まれた。

 じっとしていろと言われて木箱の中に体育座りさせられ、上から蓋を打ち付けられる。


 あれだな。頭のすぐそばで金づち奮われるのってかなり怖いな。

 

 耳元で大きく鳴る杭を打つ音に反射的に耳を塞いで耐える。

 そうして息を潜めていると再び馬車は動きだし、ガヤガヤとした人の気配が近づいてきた。

 耳を欹てていると聞こえてくる内容から、どうやら王都へと入った事がわかった。男達はどこぞの商会の荷馬車として入ったようだ。

 しばらくするとほんの少しだが王都特有の異臭が木箱の中にも漂ってきて、非常にげんなりとした。


 相も変わらず王都の民は窓からポーンしているのだろうな……


 下手に辺境伯領で快適な生活を送ってしまっていたから落差が辛い。

 私自身ここまでの道中碌に身体を拭く事さえ出来なかったからかなり酷い有様で、我ながらなかなかな匂いになっていると予想される。頭は痒いし身体も汗でべたついて気持ち悪いのだ。

 しかしながら王都の生活習慣を考えれば、人攫いたちが湯あみをさせてくれる可能性なんて零に等しいわけで、憂鬱さがいや増す。


 馬車が止まってしばらくすると、今度は箱ごとどこかに運ばれた。

 建物の中に入ったような気配があって、どこかに置かれるとバキリと蓋が開けられて覗き込まれた。


 覗き込んできたのはあの背の低い男だ。

 立てと言われて立ち上がると、ちょっとふらついた。

 未だに胃の調子が悪くて大して食べれなかったので、体調が回復しておらず眩暈がする。箱の淵に手をかけて耐えていると両脇に手を差し込まれひょいっと抱え上げられた。

 そのまま何かに座らされて、見ればベッドだった。


「わかっていると思うが、妙な気は起こすな」


 そう言って窓も家具もない小さな部屋から出て行った男は、すぐに部屋に戻ってきた。手に小さな桶と手ぬぐいらしきものを持って。


「身体を拭け」


 まさかのお湯だった。

 驚いて男を見ると、既に部屋から出ていった後だった。


 正直お湯が使えるとは思ってなかったので思わず両手を合わせてありがたや~と拝んでしまった。

 そしてすぐに手ぬぐいを絞って顔を拭いた。ぁああああ……大変、気持ちいい。


 浚われた時のままだった寝衣を脱いで身体を拭き、最後に頭を手ぬぐいを絞らずにじゃぶじゃぶとお湯で流して、固く絞った手ぬぐいで拭いて絞ってを繰り返しサッパリした。

 着替えが無いので仕方なく寝衣を来たが、それでも肌がさらっとしていて大分楽になった。


 ごろんと勝手にベッドに横になると、固い感触だが板張りの上よりは万倍もマシだった。


 ぁあーー……疲れた……


 特に何をしていたわけではないが、やっぱり移動は疲れる。夜行バスに丸三日乗っていたと言えばあちらでも伝わるだろうか?あれより相当振動がきついけど。


 はぁぁぁと深い溜息を吐いて目を閉じると、緊張していた身体が少しだけほぐれた。

 

ガチャ


 ノックなく鍵が開けられドアが開くとまたあの背の低い男が入ってきて、使用済みの桶をちらっと見てから私が寝ているベッドに何かを置いた。


「着替えろ」


 のそのそと身体を起こして見ると、青と白の服。あれだ、王宮で高貴な方々につく侍女の服だ。一人で締めれる前タイプのコルセットまである。

 早くしろと急かされて、部屋から出て行く気配のない男に背を向けてもぞもぞと着替える。

 あちらも仕事だろうしね。しょうがない。

 着替え終わると上から下まで眺められて、溜息をつかれた。


 なぜ溜息。


 特におかしなところは無い筈だが。と思っていたら後ろを向かされて手早く髪をアップにされた。


「まだましか……」


 疲れたような声で珍しく呟いたかと思ったら腕を取られて部屋を出た。

 そしてそのまま人気の無い屋敷のような家屋を出て用意されていた貴人用とわかる馬車に押し込められ、外からドアを締められた。そしてすぐに動き出したそれに慌てて椅子に座ろうとして、人が居た事に気づいてギクリとする。


 私が今着ているものと同じお仕着せに見えるスカートの裾が目の前にあった。

 ゆっくりと顔を上げてスタイルの良さそうなおそらく女性だろう相手を確認して、私は悲鳴を飲み込んだ。

 

 そして瞬時に風魔法による防音がなされたのを感じた。


「そうそう、あんまり大きな声は出すなよ」


 ニッと笑った顔はとんでもない美貌。


 ブラウンの髪は艶やかで、碧の瞳は透き通っており涼やかで、どうやっているのかわからないが出るとこでて引っ込んでるとこは引っ込んでる、コルセットをしっかり装着したナイスバディをしているこの人物は、兄だった。

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