第63話 違和感の原因②
本館へと戻ってきたところで前方にアルノーが見え、丁度いいと足を速める。
「アルノー」
声を掛ければ、何やら大量の紙束を持ったアルノーが振り返った。
「団長」
「それは?」
騎士団でそれほどの書類を抱える事はないので珍しいと訊いてみれば苦笑いが返ってきた。
「ここの所あちこちから確認して欲しい事があると呼ばれているんですよ。
報告書も山のようでして……これは先生の所のなんですけどね」
「そうなのか」
「団長は如何されたのです?」
「あぁ……これを視てもらいたかったのだが、忙しいようなら後でもいい」
「いえ、視るぐらいならすぐに出来るので」
問題ありませんと言うのでハンカチを開いて見せると、アルノーは目を細めてじっとペンダントを視た。
「…………これ、かなり古いものですね。しかも相当強い加護が複数かけられていますよ」
「なに?」
「――—『守る』の加護と『弾く』かな。あと……『繋ぐ』?……いえ『導く』ですかね……この二つのペンダント同士が互いを導くようにされているみたいです。
どこでこんなものを見つけたんです? 物に加護の力を入れるなんて始祖の時代の物だって言われてもおかしくないですよ」
「………変な物ではないんだな?」
とんでもないとアルノーは大きく首を振った。手は紙束を抱えていて動かせなかったのだろう。
「うちの家宝だって言われても納得するレベルの一品です」
「そうか。それならいい。足を止めさせて悪かったな」
「いえそれは全然。あの、それどこで?」
「ちょっとな。気にするな」
「はぁ……」
釈然としない様子のアルノーに背を向けて歩き、改めてペンダントを見る。
見た目だけならば古ぼけた何の変哲もないペンダントだ。
男爵はこれを家宝だと言っていた。本当なら、ジェンス家の次期当主に渡すべきものなのだろう。
それをあっさりと手放して、ああも頭を下げて必死になって……
貴族らしくない、だがあれが本当の人の親の姿なのだろう。お人好しのリーンに通じるものを感じて、思い出すと自然と口元が緩む気がした。
リーンの部屋へと戻ると丁度夕食の準備をしているところだった。
食事用に設置した窓際の丸いテーブルについていたリーンがこちらを見て「おかえりなさい」と言った。
ごく自然にそう言われた言葉に、こちらも当たり前のようにただいまと返した。たった数日共にいただけでリーンの存在は驚くほど自分に馴染んでいる気がする。
「まさかですけど、うちの両親に会ったとか……」
恐る恐ると言う様子で尋ねてくるリーンに近づき向かいの椅子に座りながら頷く。
「あぁ、会ってきた」
うわぁという顔をするリーンがおかしくて笑えば、リーンは顔を覆った。
「その顔、やっぱり母は普通だったって事ですよね………」
「ん……まぁ、そうだな」
何となく、言わない方がいいのだろうなと思い同意すれば、やっぱりと溜息をついて肩を落とした。
「参ったな。私もなんかおかしいのか……」
「リーン、男爵からこれを預かってきた」
ハンカチに包んだペンダントのうち一つを取って差し出せば、視線を上げて私の手にあるものを見て目を丸くした。
「それ……」
「知っているのか」
「あ、はい。知っていますが……そっか、父さん誤解したままだから……」
リーンはペンダントを受け取ると複雑そうな顔でそれを手の中で転がした。
「これ、うちの家宝だって父は言うんです。古ぼけたただのペンダントなんですけどね。二つで一つのペンダントで、私に運命の人が現れたらその人と一緒につけなさいって……すみません。父は単純なので」
私の手に残っているもう一つを見てリーンは謝った。
「これぐらい構わない」
残ったペンダントを首にかけ服の下に仕舞えば、驚いた顔をしていた。
「父君がリーンの事を想っている証のようなものだ。つけるぐらい何の負担にもならない。つけないのか?」
リーンは虚を突かれたような顔で私を見てから、もう一度ペンダントに視線を落とし小さく「ありがとうございます」と囁くように呟いてから自分の首にそれを掛けて服の下に仕舞った。
それからもう一度こちらを見て照れくさそうに笑う顔に、瞬間的に夫人の言葉が蘇った。
―—想う相手が現れれば、その相手だけには本当の姿が見えるようにしてあります。
いや、まさかな。
おそらくだが、私が『整える』という変わった加護を持っていたからだろう。リーンが好意を表す言葉を言った時にだけ反応しているので、その考えで間違いでは無い筈だ。
というか、そうでも考えていないと顔が見れない。
もしリーンの姿が正しく見えでもしたら、私だけが勝手に本心を暴いてしまっているようで……罪悪感がわくというか……
そわそわとするものを抱えたままリーンとする食事は、今日も他愛もない会話をして、穏やかでどこか落ち着かない時間だった。
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