第64話 聖女(パンダ)としての活動①

 お披露目式から二日後、二晩も寝たので魔力はすっかり回復し体調も万全の状態で私は王弟殿下と共に街の精霊教会へとやってきていた。

 名目は婚姻を許可してもらったお礼だ。

 で、ここでも奇跡のお披露目をという事になっている。


 馬車の中に乗り込んだ私は、本日は首まで覆った簡単なドレス姿(もはやワンピースに近いものだ。下着も私が出したものだし)。首元まで覆っているのはどうやらあのペンダントをしていられるようにと殿下がアデリーナさんに言ってくれていたらしい。古ぼけたペンダントではどの服にも合わないからな。父の事を慮ってくれて大変ありがたいのだが、その慮ってくれたお方は目の前で仏頂面をしていた。


 というのも、実はドロシー嬢の扱いについて尋ねられた時、辺境伯様が私の侍女にすればいいと言っていたと聞いて即座に賛同したら能面のような顔になってしまったのだ。


 何も自分を襲ってきたものを傍におかずともいいだろうという王弟殿下の意見もわかる。——が、個人的には彼女には明確な目標を持ってもらってしっかりと生きていってもらいたいので、傍にいて頂いた方がこちらもやりやすいのだ。せっかく作ったドロシー嬢専用の魔法と加護の訓練指南書のようなものも渡すに渡せないし、書いたはいいが説明しないと伝わらないだろうなという部分が多かったので。


 彼女は私を害する気はもうないだろうし、私だってそう簡単にやられるつもりはない。危ないと思えば離す気だってある。その辺を丁寧に説明したのだがそれでも不機嫌は治らなかった。

 

 困ったなぁと思っていると王弟殿下が部屋を離れている時にアデリーナさんがそっと教えてくれた。


―—王弟殿下の母君は嫉妬に狂った女に殺されたのです。


 アデリーナさんは、同じような事が起こるのではないかと無意識のうちに不安になってあのような態度を取ってしまっているのではないかと言っていた。


 それは―――それは……だったら、あの不機嫌な態度も仕方がない。むしろそんな過去がある人に対して申し訳ない事をしてしまったというか。嫌がる人を無理やり地下牢に連れて行ってしまったという事で……

 

 戻ってきた王弟殿下に、無理に侍女にしたいとは思わないと言えば不機嫌そうなままアデリーナさんの下に付ける事が決まったと言われた。

 私が是と言えばそうするように辺境伯様にも言われていたらしく、律儀に私の言った事をそのまま辺境伯様にも伝えて、結果そうなったらしい。真面目か。知ってたけど。


 一度顔を見せにドロシー嬢が来てくれたので、そこで指南書もどきを渡す事は出来たが、まだまだ私の傍に付けるほどの技術が無いとアデリーナさんに判断されて一旦訓練のために離れている。


 閉塞的な馬車の中で出そうになった溜息を堪えて、顔の前に垂れ下がる薄いベールを何となく摘まんでみる。

 頭の上から被された日よけのようなこれは、辺境伯様の意向で私の素顔を市民には見せないようにという目的だ。デリアさん曰く、見えない方が想像が掻き立てられるから、らしい。

 はい。見せたら平凡ですからね。聖女って感じの顔してませんからね。その程度で腹は立てませんよ。むしろ先日のお披露目は顔出して良かったんだろうかと思うぐらいですよ。ははは。


「取るなよ」


 ベール越しにいつ見ても空のような蒼い目がこちらを見ていた。不機嫌でも綺麗なものは綺麗ってお得だよなぁ……


「取りません。私も好き好んで顔を晒したいとは思いませんから」


 答えると視線を逸らされ、それきり再び無言が満ちる。


 無言は苦でもないからいいのだが、ドロシー嬢の事で未だ煩わせていると思うと少々——いやかなり、申し訳ない気持ちだ。後悔はないのだが、知っていれば違うやり方があったのではないかと……


 どうしたものかなぁと悩んでいるうちに教会へと辿り着いてしまった。

 馬車を先に降りた王弟殿下に手を差し出され、既に演技をしてにこやかな笑みを浮かべている顔に、こちらも微笑みを浮かべて手を預け馬車をゆっくりと降りる。


 顔を上げると、教会というよりは神社のような屋根の形の独特な建物があった。


 うちの領にあったのは普通の民家を改修したものだったので、初めて見る(王都ではいちいち教会に祈りを捧げになんて行かないので)教会の威容にちょっとベールの下で口を開けてしまった。


 エスコートされていた腕を軽く引かれたので我に返って慌てて足を動かしたが、驚いた。

 イメージ的に西洋風のものを思い浮かべていたので、まさかここで和風テイストなものを目にするとは思いもしなかった。


 護衛の騎士を五人引き連れ少し歩いたところで、前で合わせて腰紐で止める着物とアオザイの中間のような白い服(細身の着物風って言ったらいいのか、着物風のアオザイって言ったらいいのか)を来た男性が出迎えてくれたが、どうやらここの司祭様らしい。わざわざ外まで出て待ち構えてくれていたそうだ。薄い茶色の髪をした穏やかそうな四十代ぐらいの人だ。

 一度教会の応接室に通されて王弟殿下と一緒に今回の事についてお礼を言うと、いえいえお二人のお力になれた事を嬉しく思いますと茶番をこなし、それからせっかくだからと教会の中を案内された。


 さすがに神社のように靴を脱いで上がるような形にはなっていなかったが、木材を多く使用しているのはやっぱりちょっと普通の建物とは違った。

 視線を上へとずらせば屋根の造りは本当に神社で見た事がある形に近い。幾本もの垂木が狭い間隔で並んでいて、なんだか懐かしい気持ちになる。


 祈りの間と呼ばれるところに来ると、そこは太い柱が等間隔に並ぶ広い空間だった。人々はそこで中央にある一段低い部分を向いて膝を折りそれぞれで祈っている。

 よく見れば一段低いところは玉砂利のようなものが敷かれているだけで、何もない。そしてそこだけ上から光が差し込んでおり、上を見ると天井がぽっかりと空いていた。まるで天から光が降り注ぐ輝く庭のような光景だ。


「精霊の誕生した地を再現しているのです。本当の誕生の地は教会本部なのですが、この世界はどこも繋がっていると考えられていますから、各地の教会はみなこの形なのですよ」


 私が上を見上げていたからだろう。そう説明してくださった。


 うちの教会、民家だったから全く知らなかった。こういうのを見ると、母のように信心深い人がいてもおかしくないのかなとちょっと納得してしまった。やっぱり目から入ってくる情報っていうのは大事だ。

 あ、でも雨とか降った時にはどうするんだろう?そのまま雨が降り注ぐのかな?

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