第58話 聖女は家族と再会――からの尋問もどき④

「まぁ既に辺境伯様側なんだけどね。個人的には誰の味方かと問われると辺境伯様というよりは王弟殿下かなとは思ってる」

「え……あら。やだ、もしかしてあなた、まさかの?」


 珍しく目をまんまるにしてびっくりする母にパタパタと手を振る。


「いやいやいや。そうじゃないんだけど、なんていうかいろいろ不憫だなぁって……あの人も振り回されてる側の人だと思うとね、こう応援したくなるというか。それに馬鹿みたいに真面目だし」


 馬鹿みたいに真面目——のところはデリアさんとの訓練風景を思い出して苦笑して言ったら、母は王弟殿下の姿を思い浮かべたのか少し視線を浮かせて、納得したような顔をした。


「……えぇ、そうね。そういう感じはするわね……会場でもあの方、ものすごく必死な様子で取り繕っていたものね。大方辺境伯に無理矢理やらされているのだろうと思っていたけれど……まぁ辺境伯の方が年季も違う事ですし、後ろ盾と言う意味でもどうしてもそうなるのでしょう………なるほどねぇ王弟の人柄を利用したのね。確かにそれならうちの娘にも有効でしょうけど――」


 何やら納得して呟きだした母にストップと手を上げる。


「待って。取り繕っているのがバレてるのは不味いんだけど。かなり自然に見えると私も思ったけど駄目だった?」


 王弟殿下のあの苦労は何だったんだと思って聞けば、母はふぅとソファのひじ掛けに細い肘をついて、嫋やかにその手の甲に頬を乗せた。


「駄目と言うほどではないわよ。気づいたのは辺境伯の身内のクレシッド家とアンビッド家ぐらいじゃないかしら。笑ってらしたわ」


 えー……クレシッド家は確か辺境伯様の叔父が婿入りしたところで、アンビッド家は妹さんが嫁入りしたところだっけ。


「それに気づかれたとしてももう婚姻が成立してしまっているから今更よ。辺境伯家が後ろについているなら噂なんていくらでも操作できるじゃない。ダンスであれだけ密着して、その後すぐにいちゃつきだして。種は十分に撒いているでしょう?

 あなた達が否定しなければ勝手に尾ひれ背びれ胸びれまでついて出回るわ」


 ……いちゃついた?


「それはそうと、あなた名実共に夫婦になってるの?

 そうじゃないなら早くなさい」


 真顔でまたしても剛速球をぶつけてくる母に、顔面デッドボール状態で受け止めた私は停止しかける思考をなんとか動かした。


「………それは、王都に召喚された時に既成事実を作られる可能性があるという事?」


 で、そのままなし崩し的に嫁にしちゃうぜ的な?


 母の話した事を踏まえて問えば、まるで教師のように正解と母は頷いた。


「私達が辺境伯に確保されているから人質も取れない。向こうが出せる手はそこだけでしょう。今時純潔にこだわるのはあの宰相付近だけでしょうし、それを理由にあちらの誰かと――十中八九ラウレンス王子でしょうけど、そこと紐づけるんじゃないかしら? まぁ別にやられても情報統制すれば問題はないのだけれどね。無駄に襲われたくはないでしょう?」

「そりゃそうだけど………でもそれならこっちでやってたとしても向こうも関係なしに来る可能性が――」

「あるわよ当然。でもあの王子はお手付きの女を相手にしたがるような性格じゃないわ」


 あ。そうなんだ。なんかその情報だけで王子の人柄が透けて見えた。


「じゃあやってますって言っておいたらいいじゃ――」

「御殿医を誤魔化せるものなら誤魔化してみなさい」


 私の言葉をぶった切った母の無情な一言に沈黙。


 えー……そういう目的で診察される可能性がある。と?


 婦人科系の診察って子宮頸がん検診ぐらいなんだけども……あれも結構心理的負担があったんだけども……女医さんだったからまだ良かったんだけども……御殿医って絶対男だよな……医療界も男社会だし。この国。


 っていうかこの場合、やっていようとやっていまいと診察される可能性は限りなく高いという事ではなかろうか……


「呆けてないでしっかりなさい。向こうは待ってなんてくれないわよ。自分の身を守るのは自分。先にやったもの勝ちよ」

「やったもの勝ち………いや、うん…それはそうかもしれないけど……でもなぁ……」


 冷静に考えると向こうに行く可能性は低いと思うのだ。だから無理にしなくてもなぁと思ってしまうわけで。

 ついでに言うと殿下って三十だから犯罪ではないけど、なんというか精神的に甥っ子に近い年齢なもので……罪悪感がすごいっていうか……あんまりそういう相手として見れないっていうか……


「その辺の男なんて雰囲気一つでコロっといくのだから、うだうだ言わずさっさとなさい。あの駄目王子にやられたいの?」


 王弟殿下をその辺の男呼ばわりするのは母だけだと思いますですよ。父以外は相変わらず十把一絡げなのね。駄目王子ってハッキリ口にしちゃってるし。


 というか母よ。そりゃ母が雰囲気作って迫ればころっといくだろうと思うよ。それは認めるが、自分を基準に考えないでもらいたい。

 やるやらんは別として、こちとら十日同じ部屋で寝ているが全くの安全地帯だったのだ。もうね、あれは友人感覚の方が近いと思うのだ。仮にやると決意しても何をどう持っていっても無理な気がする。まさに暖簾に腕押し。想像するとちょっと辛い。あ、どうしよ、今更少しだけドロシー嬢の気持ちが分かった気がする。アピールしても無視される辛さ。

 私、自分からいった事ってあんまりないんだよなぁ……二度目の人生のくせに圧倒的経験不足とは……


 しかし横で母が娘にえらい事言っているとは思っていないだろう父がだんだん憐れになってきた。


 そろっと手のひらから顔を上げて父の様子を窺う。

 昔から内緒話は堂々とこうやって目の前で繰り広げられているので、父はまた女同士で内緒話してるのかぁというちょっと寂しそうな顔で用意されていた茶菓子をぱくつき待ってくれている。


「まぁ、うん。なんとか、頑張るわ」


 拒否する姿勢を見せたらぐいぐい押されそうなのでとりあえず無難に返しておこう。


「踏ん切りがつかないのなら言いなさい。媚薬を送るわ」


 び や く。


 は、母よ。父が言っていたいろいろって……何したの。若い頃。


「あー……うん……まぁ、おいおい」


 聞いてみたいような聞きたくないような……


「王都に呼ばれたら、ひとまず大人しくしていなさい。従順だと思わせられればそれが一番身を守る事になるわ」

「そうします……」


 一応、万一の場合を考えて診察は諦めるとしても、無理やりやられないように対策練っておくかと思案。


 ふっと風魔法が解かれると父がすぐに気づいて口をひらいた。


「終わったのかい?」

「ええ、とりあえずは。だけど問題が山積みよ。この分だと私達もしばらく領地には帰れなさそうね」

「そうなのかい? まぁでも辺境伯様が代官を用意してくださっているから大丈夫だよ」


 父よ。普通、それは乗っ取りを恐れるところなのだが。


「……ええ、そうね。領民は大丈夫でしょうけれど」


 母、飲み込んだな。昔から本当にこの父に弱いから。


 それからしばらく父と領地の実りがどうとか、昔作った溜池がうまく機能しているとか、雑談をしたところでドアがノックされた。

 そろそろ時間だとアデリーナさんが伝えてくれてお開きになったのだが……


「リーンも無理はしないようにな。嫌になったら帰ってきていいんだぞ。父さんはいつでもリーンの味方だ」


 父ぃ……それは無理な話だよ……官吏になった時と話は違うんだよ……気持ちは嬉しいけどね。


「ありがとう。でも大丈夫だから」

「本当だぞ? こう見えて父さんは結構顔が広いんだぞ?」

「あぁうん。そうだね。困ったら相談するよ、ほんと」


 そう言って両親を送り出し、一人になって私はすぐさまアデリーナさんの方を向いた。


「弁明しますが、父に他意はありません。単純に困ったら声をかけなさいと言っているだけですから、本当に。辺境伯様に無礼を働く気も王弟殿下を信用していないとかもないですから」


 アデリーナさんは苦笑するように表情を和らげて承知致しましたと返してくれた。

 良かった。下手したらあれ敵対していると思われても仕方ない言葉だからな。


 ………はぁ


 精神的にぐったりしてソファに沈み込む。

 

 お披露目より疲れた……

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