第59話 今後の方針①
家族と共にいれば彼女は大丈夫だろう。
今は気が高ぶっているが、少し落ち着けば襲われた恐怖が出てくる事が予想される。その時最も信頼する者が傍にいれば縋る事も出来るはずだ。
十日も一緒にいて気を許してくれるようにはなったと思うが、さすがにこの状況で他人に近い私では役に立てる事はないだろう。
医務室へと辿り着くと、騎士団の者が部屋の前に二人立っていた。
いつもなら誰もいないが、今は犯人が中にいるのだ。犯人が暴れた時の対応と共に首謀者によって暗殺されないようにディートハルトの指示を受けたのだろう。
「大人しくしているか」
「はっ。従順な様子であります」
ドアを開けて入ると、レティーナとティルナがアヒム先生を挟む形で傍に控えて、診察をしているようだった。
私の顔を見てドロシー・ハーバードは身を固くした。
「結果は?」
アヒム先生に問えば、胃腸が弱っている事と筋力が衰えている事を除けば問題はないと返ってきた。
正直なところ、確かにこの娘は憐れであると思うがそれ以上の感情は湧かない。毎年一過性の流行り病のように社交界デビューしては勝手に纏わりついてきて、勝手に私の立場に失望して興味を失っていく者の一人でしかない。ただその興味を失っていく筈のタイミングを父親によって潰されていただけだの一人だ。
そうであるから会話には応じるが決してこちらから話しかける事もしなかった。
「後遺症が無いようでなによりです。さぞ不安だったでしょう」
ベッドの脇に膝をつき、強張る顔を下から覗き込めば驚いたような顔があった。
「で……殿下は、お怒りに、ならないのでしょうか」
「何故です? あなたは薬によって意のままに操られていたのでしょう?」
その顔をリーンだと思えば、不思議と訓練の成果か微笑む事は容易だった。
訓練初日の笑顔をデリアに威嚇しているのかと問われたのは未だに根深く記憶に残っているが。あそこまで貶してくるのはさすが辺境伯家一族といっそ清々しい程だが、腹が立つものは腹が立つ。
「それは……」
「辺境伯が何か言っても私が弁明しましょう。あなたに罪はないと」
デリア曰く甘い声音で囁けば、はっきりとその目が揺れた。
頷きそうなその揺らぎに、やはり駄目だなと思う。
今日犯した罪の重さも理解していないような者を許す事は私には出来ない。いくらリーンが望みディートハルトが許したとしても。それがどれ程の危険をはらんでいるのか身をもって知っているのは私だ。
「いえ………私は、裁かれるべきです」
………。
「どうしてです? あなたは操られていただけでしょう?」
「何から何までそうだったわけではありません。私は確かに自分で妃殿下を弑そうとしました。そこに弁明の余地などございません。殿下はこのような罪人に心を砕いてはなりません。私はどのような罰でもお受けいたします」
顔色は悪い。手も口元も震えている。
だが、目だけはしっかりと私を捉えて違える気はないと語っていた。
一応の確認のためにそっとレティナを見れば、小さく頷くのが見えた。であればその言葉に偽りはないのだろう。
溜息を短くつき、勢いよく立ち上がる。
「理解しているのならば良い」
がらりと態度を変えた私に、試されていたのだと悟り悪かった顔色をさらに蒼褪めさせる娘。
「ディートハルトも私もお前を許すつもりなどなかった。それを止めたのはリーンだ。
そしてもう一つ、お前に使われていた薬は狂薬だ。それを使用されて今、普通に会話が出来る意味がわかるか」
狂薬と聞いて、目が驚愕に見開かれた。
まさかそんなものが使用されていたとは思ってもみなかったのだろう。
それを使われれば廃人となるからな。こうやって会話が出来るわけがない。
「その意味でもお前を救ったのはリーンだ。
何をどうしたのか誰にもわからないが、狂乱状態のお前を正常に戻した瞬間を複数の人間が確かに見ている」
何故、こちらを害そうとする者を助ける気になるのか未だにわからないが……リーンは確かにあの時必死にこの娘を救おうとしていた。ここに連れてこられて来てから何を願うわけでもなかったくせに、自分を殺そうとした者の助命を願うとは奇特というか、なんというか……
「二度は無いと思え。次があればその場で私がその首切り落とす」
ふるえたまま黙って頭を下げる娘に背を向け、部屋を出た。
そのままディートハルトの部屋へと向かえば、大柄な体格のフィリップと見知らぬ騎士一人が居合わせていた。
「報告か」
軟禁状態に置かれていた間、団長代理を副団長のフィリップが担い直接ディートハルトに報告を上げていたのでその流れでここにいるのだろう。
「はい。団長はもう動けるのですか?」
軟禁は解除されたのかという問いに、ディートハルトを見れば頷かれた。
「リシャールは復帰してもらっていいが、仕事はフィリップに任せろ」
「任せろとは?」
「話していただろ? そろそろだからお前にもうちの私兵に引き合わせる」
ディートハルトの視線に居合わせていたもう一人の騎士、見知らぬ男が頭を下げた。辺境伯家に連なる人間という事がよくわかる燃えるような赤い髪をしている背の高い鋭い目つきの男だ。
「お久しぶりです殿下。辺境伯軍の再編を任されておりますマクシミリアンです」
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