第57話 聖女は家族と再会――からの尋問もどき③

 二ヶ月前といったらまだ私が働いていた頃だ。確かになんだか騒がしいなと思った記憶はあるが、仕事を押し付けられたり立て続けにハゲコミュニティに呼び出されてそれどころじゃなくて……………ん?―――いや――ちょっと待て。………ちょっと、待て。


 嫌な動悸がしてきた。


 必死に頭の中にハゲコミュニティのメンバーを思い出す。

 じわりと手に汗が出てくるのに、すぅっと血の気が下がるような気がする。

 いやまさか、そんな理由で鞍替えとかないよなと半笑い気味に思うものの、そういやあの人達ってしょうもない理由で普通に約束破るような人達だったわと思い出して動悸が激しくなる。


「そ、その一部の勢力って、モナンヤード家とかビルジェスト家とかマジスリー家とか……その辺だったり……」

「あら知っているじゃない。そうよ。ふらふらとしていてどちらに着くか曖昧で、条件次第であちこちいい顔しているところね。そのあたりの家が宰相についたの。まぁそういう数だけのところだから結局証拠不十分で退けられたようだけれど。今代の宰相は詰めが甘いというか――」


 やばい―――やらかした。

 そうか。そう言う事か。だからか。

 友人達が辺境伯様に情報開示してまで私の事を掛け合ってくれたのは。

 辺境伯様はそこまで疑ってないみたいな事言ってたけど、実際はわりとやばかったのではないか?

 もしアレが本当に勢力拡大のために利用されていたのだとしたら、辺境伯様から見れば私は完全に敵対勢力だったわけだから………


「――—リーン……リーン?」


 パチンと目の前で両手を叩かれ我に返る。


「……あなた、何かやったの?」


 うっ……母上殿……勘が良すぎでございます。


「か、確証はないけど、あっちに居る時に宰相に協力するような事をした……かも?」


 自白した私に母は目を見開いて、それから疲れたようにため息を吐き出した。


「あなた……それでよく辺境伯に受け入れられたわね」


 全く同意です。たぶん王弟殿下の腕を生やしてなかったら――王宮で仕事を続けていたら、私はそのうち消されていたんじゃないだろうか。邪魔な駒と認定されて。


 辺境伯様の笑っていない目を思い出し、ぞわっとしたものが背筋に這い上がり思わず腕を摩る。すごい危ない橋を渡っていたのだと今更気づいて寒気が。


「でも、そういう経緯ならあちらに渡す気は無いのかしら……元の鞘に収まるような事を警戒しているのならだけど。

 でも開戦の口実は確実な方が後に響かないでしょうから狙いは変わらない? 判断が微妙なところねぇ……」

「狙いって、それ私が向こうに呼ばれて、宰相側に捕まるって事だよね?」

「そう。あなたを奪われたから、奪い返す。精霊教会で婚姻の証まで得ている正式な夫婦を引き裂くのは普通の思考ならあり得ない事だから」


 ごく当たりまえの事として言われるが、その可能性は低いんじゃないかなぁと思う。何しろ辺境伯様には王位を譲るという陛下の証文があるのだ。

 それを掲げれば別に聖女なんていう客寄せパンダみたいなものの奪還という口実が必要ではないし。実際辺境伯様も私の加護が向こうにバレるのは避けたいみたいな様子だったし。


 まぁもちろん、そんな事をここで口にするわけにはいかないが。

 

「それであなた、どちらにつくの?」

「ど、え?」

「宰相家につくの? 辺境伯家とアイリアル侯爵家につくの?」

「え、いや……」

「表向き両者勝手にあなたが自分のものだと主張するでしょうけど、でも結局あなたの態度次第で民がどちらに味方につくか決まるわよ」


 えぇ?……そこまで?


「何惚けた顔してるの。この国は加護で成り立った国だと教えたでしょう?

 加護の力が強い者は精霊に認められている、すなわち始祖に近い存在だと見なされるのよ」


 母の言う始祖とは、初代の王の事だ。


「いや、まぁこの国が精霊に認められた者が初代の王となったのは知識として知っているけど、それって権威付けのための作り話だと思ってたから」


 ほら、日本の古事記の神話みたいな感じで。天照大神アマテラスオオミカミの子孫的な、ね。


 あははと頭を掻いて言ったらこれ見よがしにため息をつかれた。


「呆れた。あなた欠損を治すぐらい加護の力が強いのにそんな事をまだ言ってるなんて……

 精霊は存在するのよ。確かに昔と違ってその姿を見る事は出来ないけれど、精霊が誕生したこの国だからこそ、魔法の力が弱くなり加護を持つ人間が少なくなった今日でも貴族のほとんどが未だ魔法の力を持ち、少なくない人間が加護を与えられてるの」

「あぁーでもほら、精霊を信仰していないお隣の国でも魔法を使ったり加護を持ってる人っているって聞くし」


 そもそも不信心な私が魔法も加護も使える時点で実際に精霊がいたとしても信仰云々と関係が無い気もする。が、さすがにここまで言っては精霊を信じている母が怒髪天を突きそうなのでごにょごにょと誤魔化す。


「精霊は人の魂に寄り添うとされているから、この国の人間の魂が生まれ変わったのだろうと言われているでしょ」

「そうだっけ……」


 でもそれ言ったら私なんて違う世界の魂なんですが。と、これも飲み込む。


「まったく……聖女なんてその最たるものよ。人によっては始祖の生まれ変わりだとか始祖に近い姫の生まれ変わりだとか言ってるのよ?

 そんなあなたが認めたら、そちらが正しき王だと思うでしょうが」


 しかしそう言われても宗教観の薄い日本人感覚の私には共感が難しい。

 ましてそんな風に捉えられる事になると想像できる筈もないというか……


「………えー……そのような影響があると全く考えておりませんでした」

「そのようね。辺境伯もそこまであなたに自覚させていないという事は、あれかしら。王弟との仲を進めさせて自然と好意を抱かせて王弟を支持させるように仕向けたかったというところかしら。とても残念な事にうちの娘には色恋なんて意味のない方法なのだけれど」


 溜息も重く残念なものを見る目で見られ、わたくし沈黙。


 聖女なんてちょっと治療能力の高い治癒者の一人という認識だったからなぁ……

 それに辺境伯様も王弟殿下もそこまで聖女を重要視しているようにも見受けられなかったし……母の意見はあくまでも精霊信仰の強い人の考え方の一つとして受け取っておいた方がいいのかもな。


「で、どうするの。どっちにつくの。それ次第でジェンス家としても今から準備が必要なのよ。私達があなたの弱点になるなんて笑えないもの」


 さっさと決めてちょうだいと猶予を与えてくれない母に、私は苦笑した。

 どちらにつけと言わないあたりが、母らしい。母は私に可能なら恋愛結婚をと言ってたからな。怒っているのはこんな明らかに政略結婚だとわかるような状況に陥っているからというのもあるのだろうと思う。

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