第46話 聖女のお披露目③

 辺境伯ご夫妻は主催者として先に会場に入り、そして残された私は王弟殿下に改めて挨拶をした。


「本日はどうぞよろしくお願いいたします」

「あぁ。今日もリーンは可憐で美しくまるで春の精霊が訪れたような―—」

「シャル様、シャル様、大丈夫です。デリアさんはいませんから」


 ここまで先導してきてくれたデリアさんは既に退室し会場に回っている。残っているのはアデリーナさんだけだ。


 私の制止に、王弟殿下はハッとしたような顔で辺りを見て、それからげっそりした様子で片手に顔を埋めた。デリアさんの調教が行き届きすぎてやばい。


「大丈夫です。今日を乗り切ればとりあえずは褒め地獄は終わりますから」

「わかってる。わかってるが気が付いたら口から出る言葉が恐ろしい……」


 本日も死んだ魚の目をして呟く殿下が憐れ一択。気配を消しているアデリーナさんも微妙に気の毒そうな顔をしている気がする。


「シャル様をそこまで調……しつ……矯……指導されたデリアさんが恐ろしいですね」

「今よからぬ言葉を言おうとしていなかったか?」

「さあ。気のせいでは」

「君も随分と言うようになったよな」


 じとーとした目を向けてくる殿下は微笑みで流しておく。

 そりゃ四六時中一緒に居れば多少の暴言吐いても怒らない人だって事ぐらいわかるようになりますよ。


 しかし軟禁中、二人きりになる寝室が一番ほっとする時間になるなどお互い思いもしなかった。演技をしなくていい時間がそこしかないので殿下も倒れるようにして文句も言わずベッドで寝たのには正直笑った。夜中うなされているのに気づいて素直に笑った事を謝罪したが。よもやそこまでとは思わなかったんだよ。


 ……そういえば。十日も軟禁されていたわけだが、この人大丈夫だったんだろうか。三十だから十代そこらよりはマシだと思うがそれでもねぇ……あんまりそっちに執着が無いタイプなのかな?


 などと絶対口には出来ない下世話な事を考えているとアデリーナさんが音もなく動いてドアに近づくと小さく頷いた。


「お時間になりました」


 アデリーナさんの合図に私達はドアの前に立った。

 王弟殿下が差し出した腕に自分の手を預ける。


 本日、私も王弟殿下も素手であの模様を隠していない。このお披露目の名目は私と王弟殿下の婚姻報告だからだ。


「緊張は」

「問題ありません」


 伊達にガチガチの男社会で生き残ってきたわけではない。所詮女だからと侮る視線も下に見る態度も門前払いしようとする姿勢も嫌と見てきた。

 今世も女だからと、父の爵位が低いからと馬鹿にする輩は吐いて捨てる程居た。

 そんなものに屈してやるほど私に可愛げはない。女は度胸、ドンとこい。


「会話は予定通り私が受け持つ」

「はい。お願いいたします」


 とはいえ、さすがに貴族社会の駆け引きは付け焼刃では出来ないので、本日の私は諸々の事情で無言で微笑みがデフォルトとなる。

 まぁそもそも身分的に私に直接声を掛けてくる者はいないと思うが、力強い王弟殿下の言葉に素直に頷く。


 ドアが開かれ、さらにもう一つ直前の間となる小部屋へと足を進める。

 そしてドアの向こうから辺境伯様の声が聞こえてきた。


 私を養女にした事、そして急ではあるが王弟殿下と想い合って精霊教会の大司教様に認められ婚姻を結んだ事を朗々とした声で語っている。

 会場の反応は声だけしかわからないが、やはり少しざわめいているようだ。


 話だけ聞けば、私と王弟殿下が勝手をしたためその尻ぬぐいをするために辺境伯様が自分の養女として体裁を整えたように聞こえる。

 実際は違うが、その色眼鏡で見られる事は確実だ。宰相側の目を誤魔化すという意味もあるが、おそらく身内の不穏分子をあぶりだす事にも利用しているのではないかと予想している。

 その証拠にレティーナの名がリストにあった。レティーナの護衛役だと言っていたティルナの名も。きっと二人はセットで参加しているものと思われる。


 場合によっては本当に不穏分子が何か仕掛けてくる可能性もあるんだよな……

 さすがに対策はしていると思うが……


 ちらりと横を見上げれば、私が生み出したミスリルの布地を首に巻いているのが見える。

 アデリーナさんから聞いたが、衝撃を受けて固くなるイメージをつけて生み出したものは、本当にその通りになったそうだ。そして『切る』の加護持ちですらその布を一度で切断する事が出来なかったらしい。辺境伯様が手を叩いて喜んでおられたと伝え聞いた。


「どうした」


 視線に気づいた王弟殿下がこちらを見る。


「いえ。何事もなければいいなと」

「それは無理な相談だろうな」


 苦笑して言われた。


 まぁだろうとは思う。大なり小なり何事かはあるだろうって。


「嫌がらせの一つや二つはあるだろうが……リーンは指を治す事だけに集中していればいい。後は私がなんとかする」


 前を向いたまま真摯な瞳で言う王弟殿下に、そうは言ってもなと思ったが肩を竦めて誤魔化した。

 そして私たちの入場を合図する声が響き、私は気持ち背筋を伸ばした。

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