第47話 聖女のお披露目④

 ゆっくりとドアが開かれ、半階分高く作られた上段に王弟殿下にエスコートされる形で足を進めた。


 大きく造られた会場は広く、有名なホテルの結婚式会場ぐらいの広さがある。もちろんその装飾も集った人達の様相も全く違うが。

 窓の形、吊り下げられたシャンデリアのような照明器具、絵画なのか壁画なのかもわからない壁面の装飾の数々。


 そして百名を超えるリストの人間が集まったこの会場を見下ろして一番に私が思ったのは『カツラがいる』と『匂いがヤバイ』だった。


 他に感想はないのかと突っ込まれそうだが、私はここに来てからカツラな方と遭遇していなかったためロココなカツラの存在をすっぽりと忘れていたのだ。あと香油の匂いとは程遠い生活だったので、何十種類もの濃厚なソレが混ざり合った匂いに襲われた瞬間、即座に防臭の守りを発動させていた。


 横で王弟殿下が辺境伯様に負けず劣らずいい声で挨拶を述べているのだが(臭くないのだろうか……)、なんとか息をついた私の思考はこの会場のカツラ比率の観察で埋められてしまった。


 いや違和感がとんでもないのなんのって。

 辺境伯様の普段の服装から考えてみてもわかる事だったが、王都の流行り?とは大分時代が違うというか、中世と近代ぐらいの差の開きがその装いにあるのだ。


 どこの時代にも通じそうな質実剛健とした軍服風の辺境伯様とシフォンの装飾が施された軽やかで華やかなドレスのネセリス様(そういえば私とドレスの型を同じにする事で辺境伯家が私を受け入れている事を示すとかなんとかデリアさんが言っていたような?)。

 そのお二人を筆頭に、幾人か似たような服装をしている人々もいれば、王都の服装にとてもよく似た重厚そうなドレスの人もいるし、がっつりロココなかつらを装着している方もいる。

 大体現代でも通じそうな洋装をしているのが三割。カツラこそかぶっていないがロココな装いをしていらっしゃる方が四割。そしてカツラもしっかりロココな方々が三割。


 分散しているので定かではないが、だいたいこのぐらいの割合であると見受けられる。そして同時に思ったのだが、この服装のグラデーションがどれだけその人物が辺境伯様に近い人物かを計る物差しにもなっているのではないだろうか。


 ぐさぐさ刺さる視線を微笑みで受けながらそんな事を考えていると王弟殿下の挨拶が終わった。

 そして拍手を受けながら下へと伸びる階段を一歩ずつ降りていく。

 いくらクリノリンを使っていないパニエだといえど、嵩張るドレスは私には難易度が高い。王弟殿下の手を支えにさせてもらいつつ慎重に、けれど優雅に見えるように降りていくと今度は怒涛の挨拶攻撃が始まった。


 基本的に挨拶の口上を受ける側なので私が口を開かなければいけないタイミングは向こうから何か聞かれた時ぐらいだ。

 だが、辺境伯様の養女となり王弟殿下の伴侶となった私の身分だと、王弟殿下が許さない限り私に直接声を掛ける事はこの会場に集まる貴族達では出来ない。

 可能なのは辺境伯様とネセリス様、うちの両親だ。あと例外はダンスの申し込みぐらい。但し今日はお披露目なので挨拶が軸で、誘われる事はほぼほぼ無いと聞いている。


 なので微笑みを浮かべているだけで問題ないのだが、偶に王弟殿下に挨拶すると見せかけて私に話を持って行こうとする者もいた。例えばハーバード伯爵とか。

 こちらは最初から会話は王弟殿下任せなので、首を傾げて王弟殿下を見上げるだけで無言を通している。

 それに顔を顰める者もいたが(ハーバード伯爵と一緒に来た御令嬢はなかなかに鋭い目をしてきた。が、そんな事よりも逆三角形のコルセットで強調されたやけに細い腰と不自然な程協調された胸に違和感を覚えた。腕や顎のラインに首の細さから言ってかなり痩せている筈なのに胸があり過ぎるなと)、それはそれでいい判断材料にされてるんだろうなぁと少し憐れに思う。

 純粋に王弟殿下を心配する者や、勝手な事をしてと憤る者、私に敵意を向ける者。

 腹の底で何を思っているのか、私という石を投げられた今手に取る様にわかる事だろう。クラシカルでロココなドレスを敢えて着ていると思われるレティーナとティルナがあちこちと動いているのが視界の端で確認出来た。とても動きづらそう。ご苦労様です。


 と、会場に流れていた曲調が変わった。 

 挨拶行列もまだまだ続いていたが、曲の変わり目に気づいて一旦中断しフロアの中心が自然と割れて空間が出来る。この辺の暗黙の了解はさすが貴族だ。事前に段取りを聞いていなければ確実に右往左往する自信があるなんちゃって貴族の私。うちの両親大丈夫だろうかと思ったが、上から見た時も見つからなかったのでうまく紛れているのだろうと思う事にする。どうかそのまま紛れていてください。


 最初に踊るのは辺境伯夫妻だ。お二人は堂々とフロアの中心に出て隙のないしっかりとしたダンスを披露された。


 しかし――なんだろう。———なんというかダンスというより剣舞に近いというか……お二人ともに動きにキレがあるせいだろうか。普通に辺境伯様はネセリス様の腰に手を当てる形で踊っているのだが、どことなく型の応酬を繰り広げているように見える。


 軍部系の家だからかな……とアホな事を考えているとファーストダンスは終わり、招待客と主役である私と王弟殿下が踊る番がきた。


「いくぞ」

「お願いします」


 小声で囁き合う私達は本当の恋人(いや今は新婚さんか)のように見えるだろうが、そこに潜む気迫は戦場に赴く戦士のそれに近い。

 なにせ私のダンス力が底辺を這いずっているのだ。

 私に出来るのは誘導に逆らわない、力を入れない、王弟殿下の足を踏まないようにとか余計な事を考えない、とりあえず背筋伸ばして王弟殿下の顔を見る。これだけだ。


 流れるようにエスコートされて踊りが始まると、小さく声が上がった。

 たぶん王弟殿下が私をかなり引き寄せているからだろう。普通はここまで接近しないので、いくら婚姻を結んだといっても破廉恥に見えるのかもしれない。お目汚しで申し訳ない。


 王弟殿下はというと、しっかりと訓練の成果の微笑みを浮かべており周囲の声に動じた様子はない。こちらの誘導もとても上手く力を抜いていても勝手に運ばれていくようである。

 私も笑顔を張り付けて細心の注意を払って力を入れない、他に視線を動かさないを徹底している。


 お互いだけがわかる緊迫感でもってなんとか踊りきりフロアを譲るように下がると、束の間だが一息つけた。

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