第44話 聖女のお披露目①

 お披露目までの残り日数はリストの人物暗記と、欠損治癒の訓練と、医療に関する検証をしてくださっている先生からの確認と質問の対応、それから辺境伯様からの追加依頼の対応にあてられた。


 その間人前に出ても仲睦まじく出来るようにという事で、王弟殿下に任せていたら一向に進まないと判断したらしい辺境伯様がデリアさんを派遣。演技を叩きこまれる事になった。


 ……アデリーナさんが報告したんだろうなぁ。二次被害受けるから。


 ついでにという事で私も受けると比較的簡単に合格を貰ったのだが、王弟殿下は……すごいぼろくそに言われていた。


 あなたそれでも王族ですかとか、整っているのは顔だけですか、甘い言葉の一つや二つ言えなくて何が貴族男子ですかとか、寄ってくる女をあしらうだけとは何様ですかとか……いや、王弟殿下様ですよと内心突っ込んだけど口に出しては言えなかった。それだけデリアさんの剣幕がすごかった……そして完全に腰が引けていた王弟殿下が見ていて気の毒だった。


 尚、初日のデリアさんの去り際の台詞は「その顔に見合った言葉の一つでも考えておいてください」だ。強気過ぎるぞデリアさん。何者なんだデリアさん。


 スパルタの甲斐あってか、次第に王弟殿下は柔らかなどこかの王室の王子のような表情を作る事が出来るようになって「あなたの優し気な瞳に見つめられるだけで心が癒されるのです」とかさらっと言えるようになっていた。

 死んだ魚の目をしていたが。

 第三者にはそれっぽく見えると信じている。頑張ってくれ王弟殿下。


 ちなみに、合格を貰った私であるが日常でも王弟殿下に慣れさせるという事でシャル様呼びで恋する乙女を発動させなければならなかった。非常に疲れる。目とか特に。


 というのも、王弟殿下も恋する乙女に二日程で慣れたのだが、私がお慕い申し上げておりますとかその系統の言葉を発すると未だに一瞬固まる。どうやら例の綺麗に見えるとかいうのは言葉がきっかけらしく(本当に呪いか何かかかってるんじゃないだろうかと最近は思い始めた)、そのせいで苦肉の策としてじっと見つめるという無言版を作る事になったのだ。しかしじっと見ていると乾燥して涙が出てくる。ドライアイになったらどうしてくれよう。頑張ってくれ私の目。


 デリアさんなんかは「本当にリーンスノー様はお上手ですわ。殿下の相手にしておくのが勿体ないぐらい」などと言って途中途中、王弟殿下に『演技へたくそすぎなんだよお前は』と暗に圧を掛けながら訓練を続け、本日とうとうやって参りましたお披露目式。


 いつもは王弟殿下に毒舌を垂れ流しているデリアさんも無駄口を叩かず、アデリーナさんと共に私の身支度をしてくれている(ちなみに王弟殿下は別室で準備。軟禁解除おめでとう)。

 例の化粧品を駆使して私を飾り立ててくれる役目を辺境伯夫人より仰せつかっているのだとか。

 デリアさんは夫人付の侍女だったのだ。若いのに大したものである。どうりで王弟殿下に対しても強気でいたというわけだ。いや、だからといって侍女の身分でアレは無理か。元々気が強いのだろう。

 ……気が強いというだけでアレは出来ないか……いやいや、いちいち気にしている場合ではないな。


 運び込まれたドレスを身に着け、化粧を施されたところで姿見の前に立った私は束の間固まった。


 なにこれ私?とか抜かすつもりはない。

 化粧に関してはさすが凄腕侍女デリアさん。この平凡顔をなんとか王弟殿下の隣に置いてもギリセーフ?ぐらいまで引き上げてくれている(元々は一発アウト)。姪っ子に教えてもらった詐欺メイク動画を見ているようだ。


 固まったのは、それではなくドレスに施された刺繍。


 希望通り私が出したビスチェとパニエを下に着るミントグリーンのドレスを用意してもらっていたのだが、僅か数日の内にそのドレスに刺繍が施されていたのだ。刺繍に使われたのはあのミスリルの糸だ。遠目にも銀糸の上に青が浮いているように仄かに光って見える。

 

 ちなみに緑というのは辺境伯家の色で、青というのは王家の色である。

 そしてこのドレスの刺繍に使われている蔦のような植物は王弟殿下の花紋らしい。名前はクレマチス。細い蔦なのに意外としぶとく蔦のわりには大きな花を咲かせると微妙な説明をデリアさんから頂いた。あと、刺繍に使った糸が切れなくてすごく苦労したとも。刺繍に使うとわかっていればもう少し短めのものを作ったのだが……申し訳ない。


 で、姿見で見てようやくわかったのだが、その刺繍の意匠が蔦のようにぐるぐるとミントグリーンのドレスを絡めとり上半身で薄く青に光る花を咲かせていたのだ。

 なんというかまぁ――暗喩が露骨である。


「……やり過ぎでは?」


 思わず聞くとデリアさんはにっこりと笑って首を横に振った。


「これぐらいしても口を出してくる馬鹿がいるのです。これはお互いのためなのですわ」


 デリアさん、訓練でわかっていたが口が悪い。


 その口を出してくる馬鹿というのは、あれかな。私が現れるまで王弟殿下を狙っていたというハーバース伯爵の御令嬢とか、グランドリア子爵の御令嬢とか(アデリーナさん情報)。

 今回のお披露目式は、私が欠損治癒が可能な事を知らしめる目的があるので招待客は他派閥の人間も入り乱れているらしい。ハーバース伯爵は中立でグランドリア子爵はこちら側だったか。

 どちらにしても、それこそ私が現れなくても、王弟殿下は王位につくという目標があるのでその両家からの輿入れはいずれも無理だったと思うが。

 きっと協力関係にあるアイリアル侯爵家に所縁のある御令嬢が嫁いでいただろうなと。何しろ計画が成功すれば王妃になるのだ。そんじょそこらの人で務まるわけがない。


 ……ん?まてよ。それは私にも言える事で、ついでに言うとその可能性が消えたわけじゃないのか。別に一夫一婦制ではないしこの国。


 あ、なるほど。という事はその御令嬢らもまだ可能性があると思っているのか。

 だからこれだけアピールして間に入る事は無理だぞと念を押していると……


「気苦労どころか身の危険もあって大変だと思うのですけど」


 大した御令嬢だわと思わず呟けば、デリアさんは「それがわかるような者ならば最初から手を上げたりしませんから」と苦笑した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る