第43話 聖女(軟禁)に軟禁仲間が出来る⑭
「アデリーナさん、という事ですので事情をお伝え願えますか?」
「承知致しました」
伝言をお願いしたアデリーナさんが一旦部屋を出て戻ってくると、見知らぬ青年を連れて来ていた。
歳は十代後半、赤い髪を短く刈り上げ顔つきは優し気ながら精悍で、着ているものはティルナやレティーナと似ている騎士服のようなもの。騎士団の一員なのだろうと思うがどことなくその顔立ちに見覚えがある。
二人は素早く部屋の中へ入ると、青年の方は王弟殿下に右手を胸に当てて踵を鳴らし敬礼をした。
「アルノーか」
「はっ! お呼びとのことで参りました!」
キビキビと答える青年に王弟殿下は立ち上がり近づいていった。
「私に何か魔法が掛けられていないか確認してもらいたい」
「は? は、はっ!」
思わず聞き返した様子の青年はすぐに返答し、グレーの目を細めた。
鋭い目つきでじっと王弟殿下を上から下まで見ていき、ふっと目元を緩めると再びキリッとした顔つきになった。
「他者の魔力は確認できませんでした」
「では彼女はどうだ」
手招きされたので立ち上がり青年の前に立ち、軽くカーテシーをする。
青年は敬礼を返してくれて再びあの鋭い目でこちらをじっと上から下まで確認した。
「………他者の魔力は確認できませんが」
「が?」
「不思議な魔力の色合いです」
「色合い?」
「はい。私には魔力が一人一人異なる色に見えるのですが、こちらの方はその色がとても薄く透明に見えます」
「それは問題があるのか?」
「いえ、問題は無いと思われます。ただそういう色合いだというだけですので」
「……他になにかわかるか?」
「いえ。特に他には変わったところはありません。
団長、そもそも他者の魔力が残るという事自体滅多にない事ですが……?」
学園で魔法談義していたレンジェルもそんな魔法があるなんて言わなかったからな。他者に対して作用する魔法というのは無いんじゃないだろうか?
これに関しては推測だが、元々人は魔力に対して耐性のようなものを持っていて干渉を跳ね除けるようになっているんじゃないかと思う。
『温める』加護持ちに私の手を温めてみるように言った時、出来なかったのだ。だから加護と言えど他者に干渉出来るタイプの加護でなければ出来ないぐらいにその耐性というのは高いのだろうと推測していた。
他にも『伝える』のティルナから言葉を受け取る時も実はその魔力をティルナの魔力に合わせるようにして開かなければ聞こえなかったりする。その調整が人によっては難しいので『伝える』の加護持ち同士以外ではそうそう簡単に聞けるわけではないという難点が存在する。
「あの、何があったのかお聞きしてもよろしいでしょうか?
何を確認されようとしているのかわかれば私も何を視ればいいのかわかるかもしれません」
とても真面目に青年が王弟殿下に尋ねると、王弟殿下は呻いた。
……まぁわかるよ。実は唐突にここにいる平凡顔の娘がとても綺麗に見えてしまう事があるんだとか、何言ってるんだよお前ってな案件だ。部下に言えるわけがない。
「……状況を再現出来ればいいのですけれどね」
説明せずとも、その現象を再現出来れば何かわかるかもしれないのだが。
「そうか。それだ。
リーン、これに私にやったようにしてみてくれ」
閃いたという顔でいきなりそんな事を言う王弟殿下。
やったようにって……ええ?
だから何をしたのかもわからないのに無茶ぶりをしないで欲しい。
「そう見えたのは二度とも君が演技をしたときだ。だから」
この青年に言い寄れって事か?
……一応婚姻関係にあるんだけど、それやっても問題ないのか?
「これは実験だ。問題はない」
あ、さようで。じゃあいいか。
さっさとやろうと青年の前に行き、ええとどうだっけとイメージを頭の中で思い出して再現し見上げる形で「お慕い申し上げております」と言った。
青年は一瞬驚いた顔をしたがそれだけだった。まあ平凡顔だしな。いきなり言われても驚く以外にないと思う。
「……変だな。変わっていない」
何故だという顔で呟く王弟殿下に青年は首を傾げかけ、ハッとしたように目を開いた。
「魔力の色が変わっています。すごい、複数の色なんて初めて見ました」
やっぱり何かしてたんじゃないかという視線を寄こしてくる王弟殿下に、してないしてないと首を振って無罪を主張する私。
「団長、こちらの方は何もしていないと思いますよ。何かするならもっと意志のある動き方をしますが、まるで覆いが解けるように色づいたので意図しての事ではないと思います」
「覆い?」
首肯する青年に、今度は王弟殿下がこちらをじっと見た。
『整える』で何か確認しているのだろうと黙って見ていると、じわじわと王弟殿下の顔が驚愕に染まっていった。
「あ、団長の方に魔力の動きがあります。多分、ご自身に加護を使われているのだと思われます」
真面目な青年君が状況説明をしてくれた。
「ちょっと待ってくれ、加護を使わせてもらっていいか?」
慌てた様子で王弟殿下が手を上げ、私に聞いた。
わざわざ訪ねるという事は、私に対してという事だろう。構わないと頷けば手を翳された。
「……団長の魔力は動いていますが、こちらの方には変化がない……いえ、元の色に戻ってます」
「姿は?」
「姿? いえ、特に何も……」
王弟殿下はがっくりと肩を落とした。
「何故私だけなんだ……」
詳細を知らない青年は首を傾げ、一応事情を知っている私とアデリーナさんは無言で眺めた。何と言うか、王弟殿下が独り相撲している感が否めない。本当にそんな風に見えてるの?と。
まぁ真面目そうなお人なので嘘ではないと思うのだが。
溜息をつきつつも王弟殿下はこの部屋で見聞きした事は他言無用と青年に命じ、退室させた。
残ったのは大いなる謎に挑む顔つきの王弟殿下と、完全に置いてけぼりの私とアデリーナさん。
「あ、リーンスノー様。旦那様があの布地の糸が作れないかとお尋ねでした」
職務に意識が戻ったのかアデリーナさんがそんな事を言い、私も意識を建設的な現実へと戻した。
「というと、後でお渡しした青い生地の事でしょうか」
「はい」
「ちなみに実験はまだでしたか?」
「途中のようでした。本日中には纏めてご報告する予定でございます」
「わかりました。ありがとうございます」
「それと、こちらがお披露目に招待する方々のリストです。お名前だけでも頭に入れるようにとの事でした」
手渡されたやや厚手の紙には、びっしりと長ったらしい名前が書かれている。
名前だけって逆に難しいんだけどな……
「アデリーナさん、こちらの方の人となりやどちらの方かなどご存知ですか?」
「はい。承知しております」
さすがプロ。
「お手数ですが糸を作った後で教えていただけないでしょうか」
「それはもちろん、微力ながらお力になりたいと存じます」
助かる。エピソードがあれば連動して覚える事が出来る。
さっそくミスリルの生地の糸をイメージして生み出しアデリーナさんに渡す。
「ありがとうございます」
一礼して届けにいくアデリーナさんを見送り、椅子に座ってリストの名前を上から順番に眺めていく。
思った通り長い名前にまったく頭に引っかかる事なく上滑りしていく。
それでも覚えないとなと思いながら下へと順番に目を通していくと、
さすがに娘の私が辺境伯様の養女になって王弟殿下の伴侶となるわけだから、呼ばないのもおかしな話だ。
だが、個人的に言わせて貰えば呼ばないでもらいたかった。
大丈夫だろうか……場違い感が半端ないんだけど。こんな上位貴族が集まるようなところに呼ばれても立ち回れるのかどうか……母がいれば何とかなるとは思うが……
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